画像電子学会 第5回国際標準化教育研究会
2010-01-08
小町 祐史
藏屋 直身
Yushi KOMACHI
Naomi KURAYA |
国際標準化活動の重要性が認識され,標準化人材育成への活動が具体化したことは,望ましい[1]が,この活動を継続的に推進し,さらに高度化していくためには,標準化の効果と標準化活動に対する適切な評価が望まれる,との判断から, 国際標準化活動評価モデルの検討を行ってきた[2],[3]。
文献[2]にも示したとおり,“標準化活動が開始されてから,その技術に関する規格が発効され,それに基づくプロダクツが市場で評価されるまでには,かなり時間遅れを要し,その間にさまざまな因子が市場での評価に入り込むため,標準化活動に対する評価は単純ではない。標準化人材育成は,標準化活動の開始以前の活動であり,標準化人材育成の活動の効果を客観的に評価することはさらに難しい。”それ故,適切な国際標準化活動評価モデルの実現には悲観的な見方もあり得る。
しかし,これまでの幾多の提言や研修によって国際標準化に対する理解を深めた企業または企業経営者が,国際標準化の専門家を企業内で育成し,彼らを国際標準化活動に積極参加させようとしたとき,どのような事業計画を立案すればよいのかという壁に直面する。企業活動の一環として標準化とそのための人材育成を考える以上,たとえ精度が悪くても,何らかの定量的な拠り所が必要になる。
この拠り所を提供するものとして,標準化のありがたみを定量化することを試みてきた[2],[3]。これまでに提案した標準化関連活動モデルを,ここでは企業活動の視点で絞り込んでさらに単純化を施すと共に,多くの関連要素の影響をコンポーネントモデルにまとめ,それらの組合せとして複雑な標準化関連活動を記述することを試みる。
“標準化活動は,標準化活動を含むさらに大きな社会的・経済的活動の中でその位置付けと他の活動との関連とを明らかにした上で,マーケットからの経済的な還元を最終的な“ありがたみ”としてその評価基準にする必要がある。[1]”として,これまでは,標準化活動に関連する社会的・経済的活動を,図1の標準化関連活動モデルとして示してきた[2]。
図1 これまでの標準化関連活動モデル[2]
標準化活動は,企業・組織等の戦略に基づき,そこからの人的,経済的サポート(投資)のもとに行われる。標準化活動で作成された規格は,生産活動の成果物としてのプロダクツに反映されるが,生産過程,研究開発過程の情報が標準化に反映されることも多く,研究開発の成果物としての知財については,戦略的判断に基づいて標準化の対象とするか否かが議論される。
これらの活動を支えるリソース(エキスパートなど)は,人材育成の過程を経て作られる。標準化人材育成もここに位置付けられる。人材育成に対する投資は企業・組織からだけでなく,個人から提供されることもある。
図1のモデルは検討の出発点としては適切であるが,あまりにも多くの要素があり,各要素が複雑に関係するため,ここでは次のような簡素化を施して各要素の振る舞いを把握しやすくする。
標準化活動モデルと,その上流に位置する標準化人材育成の標準化リソースモデルとの組合せによって,標準化モデルを記述する。
図2 標準化モデル(標準化活動モデルと標準化リソースモデルの組合せ)
標準化に関連する知財活動モデルと,その上流に位置する標準化に関連する知財人材育成の標準化知財リソースモデルとの組合せによって,標準化に関連する知財モデルを記述する。
図3 標準化に関連する知財モデル(標準化に関連する知財活動モデルと標準化知財リソースモデルの組合せ)
標準化活動に着目して,入力としての投資K(企業にとっては標準化の経費)と,出力としての成果物S(規格制定の件数(不適切な規格の制定阻止件数も含め得る。))とを,標準化の活動をマクロに評価するための要素とする。これらの要素間の関係を標準化活動関数
S = f(K) | --- | (1) |
K = ko + km | --- | (2) |
標準化活動モデルの成果物としての規格に基づくプロダクツがその業界のマーケットで評価されてマーケットの拡大(単価の低減等の標準化の効果も結果としてマーケットの拡大に含める)に繋がり,標準化によるマーケット拡大の結果に伴う経済的還元の増分が,標準化への投資と比較して大きいとき,国際標準化活動が有意義であると判断される。
ある業界におけるマーケット規模(マーケットでの取引額)をMとし,それが標準化によって
M(1 + δ) | --- | (3) |
δ = F(S) = F(f(K)) | --- | (4) |
Mδ = M・F(f(K)) | --- | (5) |
μMδ = μM・F(f(K)) | --- | (6) |
したがって,これをマーケット規模M(円),業界への還元率μおよび標準化活動への投資K(円)によって正規化した標準化活動の効果(standardization benefit)は,
F(f(K))/K | --- | (7) |
標準化人材育成の効果を評価する試みとして,日本規格協会(JSA)は同協会が実施した国際標準作成研修と国際標準化リーダシップ研修の受講生に対するアンケート[5]がある。このアンケートの設問は次のようなものであり,主としてJSAの研修内容の向上を目指すことを目的として用意されている。
理解度レベルという属性のままでは,教育投資を受けて標準化活動に対してどのような寄与を与えるかを示す標準化リソースのコンポーネントモデルの出力を記述することはできない。
この標準化リソースモデルは,
標準化作業に対する寄与は,ある標準化作業を実行するための時間の短縮効果などで表される。その計測には,マッチング法(類似の属性をもつ,教育を受けた者と受けない者とを比較する教育効果計測方法)[6]の利用が考えられるが,その具体化にはさらに検討(時間要素のないコンポーネントモデルへの適合)が必要である。
ここでは,標準化作業に対する寄与を,標準化活動モデルにおけるkm(標準化エキスパートの活動費・人件費)の低減効果として扱う。このとき標準化リソースモデルは,人材育成への投資keを入力とし,kmの低減を出力とするコンポーネントモデルとして記述される。
このコンポーネントモデルだけに着目するなら,keに対する(ke + km)の振舞いが,人材育成活動の効率を示すことになる。例えば人材育成活動を極めて単純化して,kmがkeに対する指数関数kmo・exp(-ke/κ)で表わせる(κは人材育成活動の特性を示す定数)としてみると,
ke + km = ke + kmo・exp(-ke/κ) | --- | (8) |
標準化活動モデルおよび標準化リソースモデルを用いて実際に企業の戦略,事業計画の策定を行うためには,対象とするプロダクツやマーケットに応じたパラメタ,関数等の設定が必要である。
筆者らは文献[2]において,ISO/IEC JTC1(情報技術)に着目し,JTC1の国内対応標準化組織である情報処理学会に設けられた情報規格調査会(ITSCJ)の効率を求めた。さらにそれに伴う標準化エキスパートの活動費をも算出した。付録Aにその内容の一部を再掲する。
標準化に関連する知財モデルについても,次に示すとおり標準化モデルと同様のコンポーネントモデルを構築できる。
標準化に関連する知財活動に着目して,入力としての標準化に関連する知財投資Kiと,出力としての標準化に関連する成果物Si(特許・ライセンスの件数)とを,標準化に関連する知財活動をマクロに評価するための要素とする。これらの要素間の関係を標準化に関連する知財活動関数
Si = fi(Ki) | --- | (9) |
Ki = kio + kim | --- | (10) |
標準化に関連する知財活動モデルの成果物としての特許・ライセンスがその業界の知財マーケットで評価されて特許・ライセンス使用料の増加に繋がり,それに伴う経済的還元が増加する。
ある業界における知財マーケット規模(マーケットでの取引額)をMiとし,それが標準化に関連する知財活動によって
Mi(1 + δi) | --- | (11) |
δi = Fi(Si) = Fi(fi(Ki)) | --- | (12) |
Miδi = Mi・Fi(fi(Ki)) | --- | (13) |
μiMiδi = μiMi・Fi(fi(Ki)) | --- | (14) |
したがって,これをマーケット規模Mi(円),業界への還元率μiおよび標準化活動への投資Ki(円)によって正規化した標準化に関連する知財活動の効果は,
Fi(fi(Ki))/Ki | --- | (15) |
標準化に関連する知財人材育成の標準化知財リソースモデルについても,3.2の標準化リソースモデルと同様のモデル化が可能である。
標準化活動を活性化するために必要と考えられる活動評価の指針を与える国際標準化活動評価のモデルを,人材育成まで含めで提案した。かなり大胆な前提に基づくため,このモデルの適用範囲と精度についてはさらに検討を必要とする。
実際に企業の戦略,事業計画の策定を行うためには,対象とするプロダクツやマーケットに応じたパラメタ,関数等の設定が必要であり,幾つかの分野についてその設定の検討を行うことを今後の課題として残している。
2003年春に開催された日本工業規格調査会総会において,民間企業の標準化活動が活性化しない理由として,次の課題が指摘されている[4]。
また最近の標準化活動の多様化と市場における商品寿命の短縮は,企業において標準化活動に関わる者に対して,従来からの技術力,語学力,交渉能力に加えて,知財・法律に関する知識,事業戦略の推進力等をもつことを求めている[4]。しかしどの企業においても,このようなスーパーマンが在籍しているとは限らず,例え在籍していたとしても,そのようなスーパーマンは標準化活動以外の業務を担当させられることが多いであろう。国際標準化に関連する事業計画立案にこのようなスーパーマンの参加が得られる可能性は決して高くない。そのような環境下で,国際標準化に関連する事業計画立案をある程度妥当に勧めるためには,国際標準化活動評価モデルの存在が望まれる。
[1] 小町祐史,“国際標準化戦略論”の講義経験に基づく標準化人材育成の課題,情報処理学会 情報技術標準化フォーラム,2008-07-14, http://www.y-adagio.com/public/confs/miscel/std_forum/std-education.htm
[2] 藏屋直身,小川由貴,小町祐史: 国際標準化活動評価モデルの構成要素に関する検討,画像電子学会 第3回国際標準化教育研究会,STD3-3,2009-01-26
[3] 小町祐史,藏屋直身: 人材育成を含む国際標準化活動評価モデルの提案と検討,日本工学教育協会 工学・工業教育研究講演会,4-322,国際化時代における工学教育-U,2009-08-09
[4] 江藤学: 経済産業省における標準人材育成とそれに欠けるもの,画像電子学会第37回年次大会,T4-4,2009-06-26
[5] 国際標準作成研修受講生に対するアンケート,日本規格協会 国内人材育成等基盤体制強化実行委員会,資料2-4-2,2009-2
[6] 吉田恵子: 自己啓発が賃金に及ぼす効果の実証分析,日本労働研究雑誌,Vol.46, No.20, 2004-10
具体的な数値を用いて国際標準化活動を調べるため,ISO/IEC JTC1(情報技術)に着目する。JTC1の国内対応標準化組織は,情報処理学会に設けられた情報規格調査会(ITSCJ)である。ITSCJは数10社の賛助会員によって支えられると共に,JTC1の幾つもの分科会(SC)の幹事国業務も行っている。その活動概要は年1回の総会で報告・承認され,総会資料はWebで関係者に提示されるとともに,その主要データは毎年,情報処理学会の学会誌"情報処理"の8月号に"情報技術の国際標準化と日本の対応"と題して公開されている。
その資料に基づいて,活動の効率(経費と成果物の関係)を調べた。2003〜2007年度の主要な活動データとして,JTCによる規格(IS, TR, Amd.)発行数,日本提案に基づく規格(IS, TR, Amd.)発行数,日本から参加した国外開催国際会議参加者数,賛助員会社数,および賛助員会費収入を抽出した。
JTCによる規格発行数には,日本からの寄与は間接的に含まれるが明示的には示されていない。日本提案に基づく規格発行数は日本からの直接的寄与を示す成果として扱えるであろう。なお,ITSCJの総会資料には,この内容について幾つかの記載漏れが認められたため,表A.1ではそれを修正した値を示している。
日本から参加した国外開催国際会議参加者数は,A.2のデータを用いて企業・組織等がエキスパートに対してサポートする旅費を負担額を算定するための情報である。国内開催の国際会議参加費および国内標準化組織で開催する各種委員会への参加費は,国際会議参加者費に比べて充分に小さいとの判断から,ここでの検討には含めていない。
表A.1 情報規格調査会の2003〜2007年度の主要活動データ
年度 | JTCによる 規格発行数 | 日本提案に基づく 規格発行数 | 国外開催国際会議 参加者数 | 賛助員会社数 | 賛助員会費 収入(千円) |
---|---|---|---|---|---|
2007 | 187 | 4 | 828 | 75 | 140,700 |
2006 | 191 | 3 | 1107 | 75 | 142,800 |
2005 | 172 | 8* | 1116 | 74 | 145,600 |
2004 | 139 | 1* | 746 | 67 | 143,150 |
2003 | 133 | 3* | 828 | 66 | 146,300 |
2003〜2007 の平均 | 164 | 3.8 | 925 | 71 | 143,710
|
A.1に示された国外開催国際会議参加者数にカウントされた国際会議の開催場所および参加者滞在期間は多様であり,参加者ごとに会議参加の費用を収集することは容易でない。そこである程度の誤差を承知の上で,これまでに小町が参加した国外開催国際会議の参加費用を調べ,表A.2に国外開催国際会議の参加費用例として示して,これをもとにエキスパートの経費を概観することにする。
表A.2 国外開催国際会議の参加費用例
出張期間 | 会議期間 | 会議 | 開催場所 | 航空運賃(円) | 滞在費(通信費を含む) | 合計(円) | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
現地支払額 | レート | 円 | ||||||
05-11-11/18 | 11-12/16 | JTC1/SC34 | Atlanta/US | 99,260 | 1,464.81(US$) | 120.420(\/US$) | 176,392 | 275,652 |
05-10-12/15 | 10-13/14 | Asian IT WS | Singapore | 129,000 | 424.02(SI$) | 73.211(\/SI$) | 31,043 | 160,043 |
05-09-25/10-02 | 09-26/30 | IEC/TC100 | San Jose/US | 121,740 | 981.51(US$) | 114.490(\/US$) | 112,373 | 234,113 |
05-05-21/28 | 05-22/26 | JTC1/SC34 | Amsterdam/NL | 136,270 | 1,441.29(EUR) | 142.150(\/EUR) | 204,879 | 341,149 |
05-05-16/20 | 05-17/19 | IEC/TC100/AGS | Singapore | 59,620 | 793.93(SI$) | 69.960(\/SI$) | 55,543 | 115,163 |
04-12-01/04 | 12-02 | ISO/ITSIG | Geneva/Switz | 128,910 | 601.60(SFR) | 95.740(\/SFR) | 57,597 | 186,507 |
04-11-12/19 | 11-13/17 | JTC1/SC34 | Washington DC/US | 117,650 | 1,851.24(US$) | 109.410(\/US$) | 202,544 | 320,194 |
04-10-13/16 | 10-14/16 | IEC/TC100 | Seoul/Korea | 51,410 | 1,154,900(W) | 0.1018(\/W) | 117,569 | 168,979 |
04-10-03/08 | 10-04/07 | DocSII | Bangkok/Thai | 121,760 | 17,999.76(B) | 2.9884(\/B) | 53,790 | 175,550 |
04-06-13/17 | 06-14/15 | ISO/ITSIG | Copenhagen/Denmark | 305,000 | 4,443.79(DKK) | 20.440(\/DKK) | 90,831 | 395,381 |
04-05-17/21 | 05-18/19 | IEC/TC100/AGS | Copenhagen/Denmark | 125,000 | 4,711.50(DKK) | 20.970(\/DKK) | 98,800 | 223,800 |
1回の平均出張旅費 \236,048 |
この例には,会議種別は,ISO(5), IEC(4), その他(2)を含み,開催地は北米(3),ヨーロッパ(4),アジア(4)を含む。 簡単のため,期間,会議種別,開催地などの違いを無視して,単純にこれらの例の平均をとって1回の国外開催国際会議参加費用を求めると,236千円となる。
A.2で求めた1回の国際会議参加費を,表A.1の2004, 2005年の活動に適用して情報規格調査会に参加する企業にとっての標準化活動の効率を算出すると次のようになる。
表A.3 情報規格調査会の2003〜2007年度の主要活動データ
年度 | JTCによる 規格発行数 | 日本提案に基づく 規格発行数 | 国外開催国際会議 参加者数 | 国外開催国際会議 参加費(千円) | 情報規格調査会会費(千円) | 標準化活動費合計(千円) |
---|---|---|---|---|---|---|
2005 | 172 | 8* | 1116 | 263,376 | 145,600 | 408,976 |
2004 | 139 | 1* | 746 | 176,056 | 143,150 | 319,206
|
これらの議論の結果,情報規格調査会に関連するJTC1の標準化活動の効率 S/K = f(K)/K が,高々1桁程度の精度で示される。