画像電子学会
The Institute of Image Electronics Engineers of Japan
  年次大会予稿
Proceedings of the Meida Computing Conference

書体見本帳の作成指針
Guideline for drafting a fonts sample presentation

長村 玄       鈴木 俊哉       小町 祐史
Gen NAGAMURA      Toshiya SUZUKI    and    Yushi KOMACHI

情報処理学会試行標準委員会 WG7小委員会    Working Group 7, IPSJ (Information Processing Society of Japan) Trial Standards Committee

E-mail: g_nagamura@orion.ocn.ne.jp, †mpsuzuki@hiroshima-u.ac.jp, ‡komachi@y-adagio.com

1. まえがき

情報処理学会情報規格調査会は,2007年11月に傘下の学会試行標準専門委員会に次に示す試行標準(TS: Trial Standard)の開発を行う方針を決め,作業グループWG7小委員会[1]を設立して,開発作業に着手した.

a) 名称
フォントリソース参照方式
b) 適用範囲
書体を表す多くの属性の体系の枠組みを決め,フォントプロバイダ間およびプロバイダ-利用者間で異なる書体分類を相互変換できるようにし,柔軟性の高いフォント参照方式を規定する.

2008年12月に約1年間の活動の範囲をまとめて試行標準委員会WG7小委員会の委員以外の多くの関係者のレビューを受けるために,フォント関連情報処理の最新動向を主要テーマとする画像電子学会第23回VMA研究会において,試行標準素案を発表した[2].

その試行標準は,附属書Aとして書体見本帳作成指針を規定しているが,2008年12月においてはまだ検討が不十分であったため,その後のWG7小委員会での附属書Aに関する検討結果をここに報告する.

2. 書体見本帳作成指針の背景

金属活字時代からフォントベンダは,その書体の特徴を示すために書体見本帳を作成し,フォント利用者に提供してきた.多くの書体見本帳では,字形集合を示すことに重点が置かれ,その後写研の見本帳ではじめてサンプルテキストに用いる文字や印字サイズについて工夫が施された.しかし,各ベンダが同じ方向で工夫しているわけではなく,その書体の成り立ち,特徴に関する説明があっても,それは必ずしも書体選択の指針になっていない.

そこで書体見本帳の作成指針を用意して,利用者による書体選択の指針になり得る書体見本帳の普及を図ることが望まれる.ここでは,ウェブにおける書体見本帳[3]を念頭において,その作成指針として指標文字とその配列表示を検討する.

3. 書体見本帳の指標文字

従来からフォント見本帳においては,限られた数の文字によって書体の特徴を示すことが行われてきた.この文字を指標文字と呼ぶ.従来のフォント見本帳では,この指標文字の選択が必ずしも適切でなく,効果が生かされているとは言い難かった.

3.1 指標文字(漢字)の選定

書体デザインを特徴的に示す漢字を選定するための要素として,次を検討する.

3.1.1 線画の太さ

一つの文字に中での線画の太さは,文字の黒味ができるだけ均一になるようにするため,画数が増大するごとに基準値より細くする.したがって,できるだけ画数の少ない文字を選択することで基準の太さを表示することができる.

明朝体では縦横で太さが異なるため,その両者の線画をもつ文字でなければならない.“十”がもっとも画数が少ないが,黒味を効率よく表す文字としては“米”が適当である.それは,“米”がどのような書体かにかかわらず,縦横斜めの成分を均等に含むことによる.

3.1.2 各画線形状の特徴

漢字の形状要素は多種多様であるが,代表的な要素を図1に示す.これらの要素を含む文字集合で最小の字種を選択することが望ましい.これらの要素を含む文字の例を表1に示す.


図1 漢字を構成する代表的形状要素
     表1 代表的形状要素を含む文字の例
                           

“米”はすでに3.1.1で選択しているから,その他として“永”“光”“式”の3文字で代表的要素を表すことができる.さらに複雑な(画数が多い)文字を用いれば,より少ない文字数で表現可能かもしれない.しかし複雑な文字では個々の要素自体が小さくなって視認性が損なわれるため,できるだけ単純な字形の文字が良い.表1にみられるように,タスキハネおよびハネアゲを省略すれば“式”は不要である.

3.1.3 字面寸法

ベタ組みで正常な組版ができるようにするために,グリフがデザインされる範囲は仮想ボディよりわずかに小さくしている.字面率が大きければ大サイズ向き,小さければ小サイズ向きといえる.これについては数値を明記すればよい.しかし標準字面率を公表しているフォントはほとんどない.

一般に,◇型の文字(たとえば“今”“令”など)のバウンディングボックスが最大字面になるが,最大字面は書体による差が少なく,指標文字としては相応しくない.オーソドックスな指標文字はクニガマエの文字である.ここでは“国”を使用する.

図2の上段では,各図形が四角の枠いっぱいに描かれ,正方形がもっとも大きく,菱形がもっとも小さく見える.これらを同一の大きさに見えるようにするためには,図2の下段に示すように,菱形に合わせて,他の図形を小さくしなければならない.したがって正方形は標準字面よりも縮小される.クニガマエの文字はもっとも方形に近く,これも標準字面よりも小さくデザインされるが,方形であることによって指標文字として相応しい.


図2 字面寸法

3.1.4 フトコロの大きさ

文字の雰囲気は,個々の要素の積み重ねだけで醸し出されるだけではない.その影響度は大きくはないとさえ言える.むしろ全体の骨組みの影響の方が圧倒的に大きい.そのひとつがフトコロの大きさである.築地から秀英の流れから,すでにフトコロを大きくすることに力点が置かれた.明朝・ゴシックのデザインの潮流はフトコロを大きくしていく歴史であったと言っても過言ではない.

フトコロの大きさFを計る指標文字として,ここでは“東”を採用する.具体的には図3に示すとおり,“東”を構成する1画目の横画幅に対する“日”の幅の比によってフトコロの大きさを示す.


図3 フトコロの大きさFの計測

3.1.5 重心位置

視覚的な重心の位置を扱う.“東”を用いて,主にその日部の上下位置によって重心の高下を比較することができる.図4は,リュウミンL(青),平成明朝体W3(黒線),ヒラギノW3(赤線)の“東”を重ねてみたものである.重心位置は,低い方から平成明朝体W3,ヒラギノW3,リュウミンLである.


図4 重心位置の比較

図4に示されるとおり,これらの書体のフトコロの大きさは,大きい方から,ヒラギノW3,平成明朝体W3,リュウミンLの順である.ただしリュウミンLは左右のハライ位置がやや外側に位置することによってフトコロの狭さによって貧相になることを防ぎ,全体のバランスを整えている.こうした視点は微細なストロークの形状バリエーションより重要である.

3.1.6 部分字形の動的バリエーション

漢字デザインにおいては同一部分字形(要素)であっても,それがどの位置に置かれるかによって字形を変えることがある.,その変化は絶対的なものではなく,書体デザインの恣意性に委ねられている.したがって,部分字形の動的バリエーションを見ることによってデザインの考え方がある程度知ることができる.

この指標文字として,“頑”“瓶”“瓷”を選定する.“頑”は,要素“元”最終画をハネアゲとするか,曲げハネとするかを見る.“瓶”“瓷”は,“瓦”の位置によって,その最終画が曲げハネ,タスキハネに変化するかどうかを見る.図5の例は上がリュウミンL,中がヒラギノW3下がMS明朝3である.書体設計思想の差が感じられる.書体によってはこのような表現を採用しないこともある.


図5 部分字形の動的バリエーションの例

3.2 指標文字(平仮名)の選定

仮名は漢字とはかなり性質が異なり,選定基準も異なる.ここでは漢字従属仮名を前提に論じる.平仮名の書体デザインを特徴的に示す漢字を選定するための要素として,次を検討する.

3.2.1 各画線形状の特徴
a) 実画・虚画の関係

図6において二つの書体の間には運筆に大きな違いがある.左の書体では実画で処理されている箇所が,右の書体ではつながっていない.運筆上は同一であるから,この部分は虚画として処理されていることがわかる.


図6 実画・虚画の関係

これらの違いはクラシック/モダンの区分とは関係ないが,小学校国語教育に引きずられた結果,虚画の実画化を避ける風潮も出てきており,その意味では新デザインの書体に図6右の字形が多い.この差が仮名全体の雰囲気に大きく関係する.

b) 起筆

図7の文字においては起筆部の形状に違いがみられる.左の文字は,まったく力を入れずに起筆されているが,中の文字の起筆は力を入れている.右の文字では力の入れ方が強くシャープである.しかし,“の”の起筆の性格が他の文字にも及んでいるわけではない.


図7 起筆部の形状に違いの例1

図8の“せ”は図7の“の”と同一書体を同順に配列している.“せ”は三つの起筆部をもつが,いずれも力を込めて起筆している.収筆部の押さえの強さなどは,むしろ中の書体がもっとも弱く,左右の書体の方が強い.逆に,“よ”における1画目起筆部は3書体ともほとんど力を加えることなく筆を入れている.つまり,ある特定の文字を見ただけでは全体を推量することはできない.


図8 起筆部の形状に違いの例2

ここでは,仮名デザインの特徴が出やすいと考えられる“ふ”を指標文字とする(後述するとおり“の”“も”は別の指標文字として選定する).

3.2.2 字面寸法

平仮名の個々の文字の大きさ(バウンディングボックス)はかなり異なる.しかし平均の字面寸法(または字面率)は可読性に大きく影響するから,これを知ることは重要である.

ここでは“の”“ほ”“を”を指標文字とする.“の”は平均字面率より小さいが,外観が円形であるため,書体による差がもっとも少ない.“ほ”は,多くの書体でもっともバウンディングボックスが大きい文字のひとつであるとともに,図9に示すように,“は”“ま”“よ”などの字形を類推できる.“を”も同様であり,“た”“な”“ち”“と”などの字形を類推できる要素を備えている.


図9 字面寸法

3.2.3 縦組・横組適正

平仮名は縦書きを前提に生まれたため,形状としての性質は縦書き(縦組)適正を備えている.しかし近年は横組が多くなり,フォントデザインにおいても横組適性を求められるようになった.総じて古いデザインの書体は縦組適性重視,新しいデザインは横組適性重視である.

縦組適性と横組適性の共通化は難しく,どちらかを重視せざるを得ない.縦組の場合は重心で揃え,横組の場合はラインで揃えるようにするのが肝要である.縦書き(縦組)においては重心を行のラインの中心に据えることでバランスが保障されるから,個々の字面のバウンディングボックスを揃える必要はない.一方,横書き(横組)においてはバウンディングボックスそのものの行方向ラインを揃えることによって組版適正が保たれるから,できるだけ個々の字面のバウンディングボックスを揃えるための工夫が必要になる.

これらの対象文字は,バウンディングボックスが正方形からかなり逸脱する文字であり,具体的には“つ”“へ”など(扁平の度合いが強い文字),および“く”“り”など(長体の度合いが強い文字)である.したがって,これらの扁平・長体の度合いを尺度として縦横の組版適正を評価できる.図10に,縦組適性が強い書体(左)と横組適性が強い書体(右)を比較する.同図において,点線と一転鎖線はそれぞれ“く”と“つ”の幅(縦組時),および高さ(横組時)であるが,左の書体に比較して右の書体では,その差が少なくなっている.すなわち,右の書体ではこれらの文字のバウンディングボックスを,より正方形に近づけ,横組時のラインができるだけ揃うようにしている.しかしその結果,やや本来の仮名字形からは逸脱することになる.その一方,左の書体における横組では字間のバラツキが目立つ.バウンディングボックスの長体・扁平度が大きい以上,この性向はやむを得ない.


図10 縦組適性が強い書体(左)と横組適性が強い書体(右)

3.3 指標文字

前述の検討結果を整理すると,書体見本帳の指標文字は次のようになる.

a) 漢字
米 永 光 式 国 東 頑 瓶 瓷
b) 平仮名
ふ も の ほ を く つ

4. 指標文字の配列表示
4.1 複数行表示

指標文字の縦組と横組に並べて書体の特徴を示した表示例を,図11に示す.




図11 指標文字の複数行表示

さらに縦横起収筆の拡大図を加えると,図12のようになる.


図12 縦横起収筆の拡大図を加えた指標文字の複数行表示

4.2 単一行表示

書体見本帳の表示面積に制約がある場合には指標文字を単一行表示することが望まれる.この単一行表示の推奨例として"国の東永米くへ"を用いた配列表示を図13に示す.上から,リュウミン(モリサワ),ヒラギノW3(大日本スクリーン),平成明朝W3の3書体である.


図13 指標文字の単一行表示

4.3 単一行表示の見方
a) “国の東”

漢字の視覚サイズの代表文字である“国”は,四角型であるからもっとも実質的大きさ(バウンディングボックス)が小さいが,よくデザインされた書体では字面率を推定しやすい.

“東”は6点(縦・横画の始終端,両ハライの先端)が標準字面にほぼ接する形でデザインされるため,この文字も字面率を推定しやすい.“東”はさらにフトコロの指標文字として使用できる.おおむね1画目の横画長と両ハライ長は書体による差異がほとんどなく,“日”の幅と上下の位置関係で特徴付けられる.この“日の幅”がフトコロの深さを代表するものと位置づける.図13の3書体においては,ヒラギノW3のフトコロがもっとも広いことが理解できる.

“東”は重心の高低をも比較的確実に表現できる.前述のとおり,“日の幅と上下の位置関係”で,その書体の表情を特徴付けるからである.図13の3書体においては,上から順番に重心が低くなっている.文字にセンタートンボを入れ,補助線を用いることで特徴が浮き彫りになる.

センタートンボの代わりに正逆文字を併置することによって重心の傾向をクローズアップできる.図14にその例を示す.“日”の中の線に補助線を引いた.


図14 正逆文字の併置

“の”は平仮名の中でもっとも明確に特徴を表現する.“あ”は“の”を含むとも言えるのでストロークの多い“あ”がよいという考え方もあり得るが,“あ”の要素と“の”では表現がやや異なる書体が多く,“の”の方がより直裁的に特徴が現れる.“の”は丸型の文字であり,必ずしも標準字面枠に近接する文字ではないが,この前後に漢字を配置することによって漢字・仮名のベタ組みにおける実際のアキを視認できるという意味でも適切な文字と言える.理想的には“国の国”という配列が望ましいが,仮想ボディ,字面枠を明示することで実用的には問題ない.

3.3では“ふ”“ほ”などを指標文字としたが,単一行表示では単純化のために“の”だけに絞っている.

b) 仮想ボディ,90%字面枠,センタートンボ

“国”“の”“東”には,仮想ボディ,90%字面枠,およびセンタートンポを図示した.なお,Web表示画面では必ずしも正確に図示できない虞がある(補助線幅はあまり太くしたくない).本来は,当該書体の標準字面枠を表示したいが,通常,各プロバイダともこれらの数値は公表していないため,この数値とした.実際には漢字が92〜95%,仮名が85%前後という書体が多いから,これに近い枠線を表示することも一案である.“の”だけは85%字面枠にすることも考えられる.

c) “永”

“永”は,よく知られるように“永字八法”を由来とすが,文字の構成要素としては,“米”“東”にあるものだけであり,この文字の採用必然性は低い.しかしフォントプロバイダの見本帳等において頻出する文字であるため,それらとの比較対応がとれるという観点から載せている.

d) 正逆の“米”

横画にガイドラインを引いたが,差のem値を表記してもよい.これは第一義的には重心評価用である.4.3 a)に示したように,この評価には正逆の“東”を用いてもよい.ただし“米”は書体を特徴付ける6方向の要素をもつため,少ない指標文字の中では貴重である.6方向の要素をもつことで,“黒味”をも評価できるこので,この文字を採用した.

e) “く”,“へ”

“く”“へ”は縦組・横組適正の指標文字であるが,指標文字は“り”“つ”であってもよい.虚画の扱いからは“り”の方がよいとも言えるが,“く”の方が差が明確に出るものと考え採用した.評価しやすくするために,バウンディングボックスのアスペクト比(いわゆる長体率,扁平率)を表記するとよい.ここではバウンディングボックスとアスペクト比の数値を表示している.

f) 複数行表示から除いた指標文字

単一行表示では,3.3で提案した文字の“光”“式”“頑”“瓶”等は削除した.“光”“式”は曲げハネ,タスキハネ(“式”は,右ハネアゲについても)の代表文字であるが,ここでは字数を少なくするために割愛している.しかし他の見本帳との比較を配慮しなければ,“永”を割愛し“光”“式”を含める方がよいとの考え方もある.

“頑”“瓶”等は,いわゆる動的バリエーション(“フォント見本帳のインデックス文字の検討と分析”を参照)における指標文字であるが,最近の風潮として,各フォントプロバイダは微細なデザインまでJIS例示字形に合わせる傾向があり,曲げるか折るか,という類もほとんどJIS例示字形に倣っている.そのため,これらの文字は真の指標文字として機能しない虞が強い.

g) 縦横起収筆の拡大図

スペースが許されるのであれば,4.1で提案した縦横起収筆の拡大図を盛り込むことが有効である.さらに縦横線幅比率とem値情報を追記すれば,書体のウェイト特徴を端的に示す指標となる.W3,W5などのウェイト表示は絶対値ではないため,むしろ縦横線幅比率とem値の方が真のウェイトを示す.

5. むすび

漢字を含むフォントセット全体の文字数は極めて多く,しかも組み方向によって,その特性評価が異なるため,書体デザインを把握することは非常に難しい.そこでできるだけ少ない文字種によって,書体デザインを把握する仕組みとしての指標文字とその配列表示を検討し,書体見本帳の作成指針を与えた.

さらに具体的な表示環境(表示面積,解像度)については,今後の検討を必要とする.

付帯する属性として,

などの数値データを示すことができれば,フォントをソートして選ぶようなときに便利であろう.

本研究に協力いただいた情報処理学会試行標準委員会の皆様に感謝する.

文献