2-3 インタネット技術

松下電送システム(株) 小町 祐史


1. まえがき

さまざまな技術の集合体としてのインタネットに関する最近の2年間の動向について概観する。インタネットの動向調査研究として, 筆者を含む数名の委員による活動がある。本稿は, その活動の報告書[1], [2]に示された要点を中心にまとめた。

インタネット, 特にWebに関連する技術は, 次に示す多様化が急速に進展している。

これらの進展を網羅してインタネット技術全体の動向を体系付けて示すことは容易でない。そこで, 特に重要と思われる幾つかのトピックに焦点を絞り, その概要を示す。

2. XMLとその応用技術

文書の構造を記述する言語として, SGML(Standard Generalized Markup Language, 標準一般化マーク付け言語)が1986年に国際規格になって以来, それはさまざまな組織の出版物の記述に採用され, 多くのツール類が開発されてきた。その圧倒的な普及は, SGMLのDTD(Document Type Definition, 文書型定義)であるHTML(HyperText Markup Language, ハイパテキストマーク付け言語)が, ウェブ環境での文書記述に用いられたことに始まる。

HTMLは, その単純さが文書記述を極めて容易にし, しかも関連ツールの開発をも容易にして, 大量のハイパテキストがネットワーク上に蓄積され, また逆にこれがインタネットの普及を促進することにもなった。しかしこの大量普及の当然の結果として, HTMLでは記述できない, または記述しにくい文書がクローブアップされることとなり, HTMLと同様の手軽さでSGMLと同様の文書記述を行いたいというユーザ要求が強まってきた。

この要求に応えることを目的として, W3C(World Wide Web Consortium)が開発した記述言語がXML(Extensible Markup Language, 拡張可能なマーク付け言語)[3]であり, SGMLのサブセットに位置付けられる。W3Cは1998年2月にXMLの勧告を公表し, その後, 幾つものXML関連規定の開発を行なっている。

2.1 XML関連技術とその修正/拡張版

XMLは, その言語規定だけでXMLアプリケーションの開発が可能であるが, その他のXML関連技術とともに使用されることが多い。この関連技術は, XML言語規定を中核として次の広がりをもつ。

XMLに基づくアプリケーションの設計では, 周辺技術の機能を用いることによって, 相互運用性の実現, 設計コストの削減などのXMLの利点が強化される。

ここに示すXML応用技術は, W3Cによって国際的に標準化されているという意味で, 独自の私的XML応用ではなく, しかもXHTMLとSMIL2.0[15]は, モジュール化を採用していて, 他の言語をも取り込み又は統合して使用されることを容易にしている。そこで, これらはXML応用ではあるが, 中核技術としてのXML, 周辺技術であるNamespace, XLink/XPointer, XSL/XSLTなどとともに全体としてWWWの要素技術を提供する。

これらの関連技術は, 公衆網上でのオープンな情報交換に使用されることを目的として設計されているが, もちろんサービスエリアを限定したネットワーク, 放送又は閉じたシステムでの利用も可能である。そのようなアプリケーションを対象にしたXML又はXML周辺規格の独自の修正/拡張版も報告され, 既に利用もされ始めている。ただし, これらの独自の修正/拡張は, 開発ツール, オーサリングツールなどの関連ソフトウェアの流通性が限定されるため, 注意を要する。

2.2 SMIL

(1) 背景

W3Cは, 1998年6月にSMIL (Synchronized Multimedia Integration Language, 同期化マルチメディア統合言語) 1.0[14]を勧告として公表した。これは, メディア要素(動画, 音声, 静止画, テキストなど)に時間記述を与え, プレゼンテーション中のメディア要素の時間軸上での振る舞いの制御と同期を行なうためのXMLアプリケーションである。SMIL 1.0を実装したソフトウェアには, RealNetworksのRealPlayer G2, OratrixのGRiNS, HelioのSOJA Cherbourg 2, ProductivityWorksのLpPlayerがある。

W3CでSMILの開発を担当しているSYMM (Synchronized Multimedia) WGは, SMIL 1.0に続く新しい版の検討を1999年3月から行っている。このWGには, RealNetworks, Microsoft, Intel, Macromedia, Philips, CWI, Panasonic, Canonなどが参加しており, そこでの集中的な作業の結果, 1999年8月にSMIL 2.0のWD(working draft)1, 2000年6月にWD4[15]が公開された。SMIL 2.0は, 2000年中に勧告とすることを目標に編集作業が進められている。

(2) SMIL 2.0

HTML, その他の手段で記述されたインタネット上の一体性をもつデータをコンテンツと呼ぶ。SMILによって同期インタラクティブ記述を与えられたコンテンツは, 他のコンテンツと区別して特にプレゼンテーションと呼ぶ。プレゼンテーションの時間軸上にある複数のストリームメディアまたは離散的メディアを, それぞれがもつ相互の時間的関係(同時, 前後など)によって配置したプレゼンテーションは, 同期プレゼンテーションと呼ばれ, ユーザの動作, システムなどによって発生するイベントでプレゼンテーションの進行が決定される。このようにしてSMILにおけるインタラクティブが実行される。

これまでに公表されたSMIL 2.0の特徴を, 次にまとめる。

SMIL 2.0は, XHTMLと同様にモジュール化を指向している。つまり, SMILが提供する機能を分類し, 意味的に関係をもつ機能群(モジュール)にまとめて, 他のXMLアプリケーション(SMIL 2.0では, ホスト言語と呼ぶ)への統合を容易にする。

SMIL 2.0は, 次のモジュールを提供している。

SMIL 1.0で提供されたスケジュールによる時間モデルに加えて, イベントによる時間モデルが導入された。ユーザによるキーボード, マウスなどの操作で発生するユーザイベント, メディアの開始, 終了などのメディアに組み込まれているストリームイベントなどによってプレゼンテーションを制御し, インタラクティブなプレゼンテーションを作成できる。

SMIL 2.0で追加されたアニメーションは, XML文書中で記述されたXML要素(プレゼンテーション中では, 画像, グラフィックス, テキストなどのオブジェクトに相当する)に対して与えられる座標, 色, サイズ, 角度などの属性値を, 時間の経過に従って変化させる。その結果がレンダリングに反映され, オブジェクトが画面上を移動することが可能になる。

SMIL 1.0のコンテンツは, 専用のプレーヤによって再生されたが, モジュール化の結果, SMIL 2.0のコンテンツは, 必ずしも専用のプレーヤだけではなく, HTMLブラウザによって再生することも可能になる。つまり, SMIL 2.0は, WWWに対して同期インタラクティブ性を与える機能提供の役割を果たす。実際, MicrosoftのInternet Explorer 5.5(ベータ版)は, SMIL2.0のWD2で示される機能の一部を実装している。SMILの応用にはテレビ放送も含まれ, その一方で, SMILの携帯端末への実装も着々と進んでいる。SMILの利用範囲は, WWWの単なるヘルパーコンテンツにはとどまらない広がりをこれから見せることになるだろう。

3. インタネットコンテンツ流通

3.1 流通形態

インタネットを用いたディジタルコンテンツの流通では, ディジタルコンテンツは交換媒体上に固定されることなくネットワークを経由してオンラインで無体物のまま引き渡される。このようなコンテンツ流通はネットワーク端末を越えての複製行為とみなすことができ, ネットワークと接続している端末であれば, 基本的にはどこの端末でも複製物を入手することが可能になってしまう。そこで, 複製管理を可能にするコンテンツ流通形態が考えられてきた。

コンテンツ流通形態には, ネットワークを通して利用者の手元にコンテンツを置き, そのオフライン利用を認めるもの(オフライン利用可形態), オンラインだけでコンテンツを利用させ, 原則として利用者の手元にコンテンツを置かないもの(オンライン利用限定形態), とがある。

(1) オフライン利用可形態

ネットワーク環境でのコンテンツのダウンロードを許容する場合, どこで誰が複製・改変を行うかの管理・制御が困難である。そこで次の二通りの対処が考えられている。

前者の例として, アメリカのInterTrust[16], RightsMarket[17]がある。いずれも, コンテンツに利用条件情報を一体化させて暗号化し, 専用のアプリケーションで利用する。専用アプリケーションでコンテンツ利用ログを取り, クリアリングハウスに送信することによって対価を徴収する。

後者では, 権利者の許諾する利用条件をどのように表現するかが課題であり, これらの利用条件をディジタルコンテンツのメタデータ(図書流通のためのISBN, 図書検索情報としてのDoublin Core[18], 著作権管理情報としてのISWC[19]など)と共に整備しようとする動きが盛んである。INDECS(INteroperability of Data in E-Commerce System)[20]のプロジェクトは, メタデータの相互運用性を確保しようとしている。

(2) オンライン利用限定形態

利用者はネットワークを経由してコンテンツ提供者のサーバにアクセスし, コンテンツを端末内部の一時的なメモリに複製して, 専用アプリケーションでコンテンツを利用する。終了後はコンテンツが削除されるという形態を取ることが多かった。その後, このような一時的複製の問題に対処するため, サーバから流される情報をオンラインでリアルタイムに再生するストリーム配信が一般化している。

ストリーム配信を利用した権利ビジネスとして, ミュージック・シーオー・ジェーピー(MCJ)[21]がある。RealAudio[22], DVO Live Player[23]などのストリーム配信用アプリケーションを利用し, 音楽と動画の配信サービスを行っている。権利処理に対しては, ディジタル権利センターという機構を作って権利処理と対価配分とを行う試みがなされている。

3.2 課金方式

インタネットの商用利用が増えた結果, 有償で配信されるインタネットコンテンツが増加している。そこでコンテンツに対する課金が必要になるが, 現状の課金方式は次のように分類される。

(1) プリペイド型

コンビニエンスストア等でプリペイドカードを購入し, そこに記載されている暗証番号によって決済を行う。インタネット上の サーバに置かれたデータベースが, カードの暗証番号と利用可能残高の管理を行う。例えば, BitCash[24]がある。

(2) クレジットカード型

コンテンツ購入時の決済にクレジットカードを利用する。インタネットにクレジットカード番号を流す際のセキュリティに留意して, 決済の都度クレジットカード番号を流さない方式が殆どである。例えば, アコシス[25]がある。

(3) 電子マネー型

プリペイド型と同様に, 利用ポイントを事前に購入するが, クライアント側で利用残高のチェックを行う。専用クライアントが必要である。例えば, NET-U[26]がある。

3.3 課金に必要な認証と暗号化

オープンなネットワークの中で, 安全なコンテンツ課金を実現するためには, end-to-endのセキュリティを保証する必要があり, インタネットでは主として次の認証技術と暗号化技術とが用いられている。

(1) SSL(Secure Socket Layer)

SSLには, 通信データの暗号化, 通信相手を特定するための認証, メッセージの原本性を確認するメッセージ認証の機能があり, それぞれに異なる暗号化が使われる。つまり表3.1に示すとおり, DESに代表される共有鍵方式と, RSAに代表される公開鍵方式とを併用し, 不特定多数とのセキュアな通信を可能にしている。

機能暗号化
セション鍵交換RSA DH
認証RSA DSS/DSA
セションの暗号化RC4 RC2 DES/3DES IDEA
メッセージ認証SHA1 MD5
表3.1 SSLで使用される暗号化

SSLではセションの確立に際し, 認証局(CA: Certification Authority)による署名付電子証明書が必要であり, 第三者機関による認証が要求される。

(2) SET(Secure Electronic Transaction)

商取引を行う買い手と売り手の双方に対して認証を行った電子証明書を配布し, 双方間でSSLを用いたセキュアな情報の交換を行う。この方式では, 買い手はウォレットを, 売り手はマーチャントソフトを導入する必要があり, 導入に当っての手間が問題であった。しかし, サーバウォレットによって買い手の負担が軽減され, さらにマーチャントソフトも売り手から金融機関へと移行して, SET利用の障壁は低くなりつつある。

4. インフラストラクチャ

4.1 ADSL等

ADSL(Asynchronous Digital Subscriber Line, 非同期ディジタル加入者線)は, 既存の電話網用に敷設された銅線ケーブルを使って1Mbps以上の高速データ通信を可能にするために, 送受信するディジタル信号を複数の変調波に分割して多重化変調し伝送速度を上げた接続方式である。類似の他方式(既存の4線式銅線を使って10Mbps程度の伝送をするHDSL, VDSLなど)は, まとめてxDSLと呼ばれる。

1999年末には米国では, 20万以上のユーザがADSLサービスによって接続されている。国内でも1999年から, NTT東日本, NTT西日本の両社で試験導入が始まり, 東京メタリック通信[27], コアラ[28]などがADSL接続サービスを開始した。

ADSLの主な問題点は次のとおりである。

しかし, 次の利点により, 国内での広帯域化へのステップとして重要な技術に位置付けられている。

4.2 定額IP接続サービス

NTT東日本とNTT西日本が提供を(予定)している, ISDN交換機をバイパスした低速のIP常時接続サービスである。128Kbpsを越える高速接続はメニューになく, マルチメディア対応には必ずしも充分ではない。PHSなどのモバイルサービスが通信料定額制をサポートするとサービスが競合することになる。

従って, ADLS, ケーブルモデムなどでカバーできない, 局舎から遠い地域へのサービスとして, その価値が評価されることになろう。

4.3 ケーブルモデム

ケーブルテレビ用に敷設された同軸の銅線ケーブルを使って, ディジタルデータ信号をアナログテレビ信号といっしょに多重化して伝送するためのモデムである[29][30]

シスコシステムズを中心にDOCSISとして標準化されたモデムが普及しはじめているが, ケーブルテレビ会社によって既にさまざまな方式のモデムが利用されている。1999年末で価格は3万円以下に下っており, 今後さらに普及が進むことが期待される。電話網との統合の実験も行われている。

ケーブルモデムは銅線の同軸ケーブルを使うため, 落雷, 周囲の電磁波などの影響を受けることは避けられない。加入者の増加に伴って必要な帯域が増加するため, 既存のダイアルアップサービスを上回るトラフィックの増加がケーブルテレビ局のインタネット接続回線を圧迫する可能性がある。

4.4 次世代携帯電話とGSM

3Gと呼ばれる次世代携帯電話では, 64Kbpsから384Kbpsの通信速度の利用が期待されている[31]。1999年には, DDIセルラー, IDOのcdmaOne2で64Kbpsのデータ通信サービスが利用可能になった。これらは, ITU-Tが標準化した国際規格IMT-2000に基づく無線変調方式CDMA[32]を用いている。

PHSでは64Kbpsでの回線交換サービス(PISF 2.0, 2.1)が利用できるが, ヨーロッパでは 3G[33]を利用する前に既存のGSM(Global System for Mobil Communications)携帯電話を改良し, 384Kbpsのデータ通信を利用可能にする2.5Gの計画が進められている。

これら高速通信は, 電池消耗対処, 無線用周波数の確保などの問題を抱えているため, 64Kbpsから徐々に改良が進んでいくものとみられる。国内のPHSは安価な料金と低消費電力とを特徴としているので, CDMAへの完全な移行はまだ時間を要するであろう。

4.5 衛星インタネット

上空にある静止通信衛星と通信し, ダウンロードの速度だけを高速化する。アップロードには巨大な基地局が必要なため, 既存のインタネット接続(ダイアルアップ, 専用線など)を使う。アンテナ設備, 復調器, IPトンネルソフトウェアなどの導入が煩雑であって, 主として企業向けのデータ配信インフラとして活用されている[34][35]

4.6 広帯域無線リンク

5Ghz, 22GHz, 26GHz, 38GHz帯などの高周波を利用して, 100Mbps以上の高速リンクを実現する。対向でアンテナを用意する方法, および複数局との間で同時にリンクを張る方法がある。

既存の専用線に代わる高速接続方式として, 新規参入企業のアクセス回線として多用されている。光ケーブルが普及するまでは, その価値を維持できよう。しかし, 対向するアンテナの間が見とおしできなければならず, 雨, 雪などの影響によって品質が劣化する。

Winstarなどアメリカ製品が多いが, 日本では, 日本テレコム, KDDなどが既にサービスを開始しており, Speednet, NTTコムなどの参入予定企業も多い[36][37]。2.4GHz帯を利用した個人向けの広帯域無線リンクサービスも2000年内に予定されている。

4.7 Ethernetの高速化

GbE(Gigabit Ethernet)には, 光ファイバを利用する1000BASE-FX, 金属ケーブルを用いる1000BASE-Tの規格[38]があり, 1000BASE-Tを利用した機器は普及が進んでいる。従来は 1, 2ポートをアップストリーム用に用意する製品が多かったが, 1999年後半からは複数ポートでスイッチングする機器も50万円以下で購入できるようになった。2000年末は小企業での利用も多くなろう。

2000年に入ってからは, 10Gbit Ethernet(IEEE 802.3ae)の標準化を視野に入れた製品化が進められている[39]。従来はSONET/SDHで利用されていた1Gbps以上の通信が, Ethernetに代わる可能性もある。

5. むすび

すっかり国民生活に定着したインタネットは, 新たな文化と社会問題とを発生させ, それがさらに新しいインタネット技術の開発を要求している。このサイクルが加速化していることもインタネットの特徴と言えよう。

冒頭に示した日本規格協会 INSTACの委員会のメンバの方々に感謝する。


文献