画像電子学会 第237回研究会    
2008-03-07/08        


マルチメディア情報機器設計における
ペットプロテクション

佐々木 学      崎谷 歩美      小町 祐史

大阪工業大学情報科学部, 〒573-0196 枚方市北山 1-79-1
E-mail: e1c04065@info.oit.ac.jp, †e1a04072@info.oit.ac.jp, ‡komachi@y-adagio.com

あらまし マルチメディア情報機器が提供する情報は,人間だけでなく,ペットに対しても興味を引くまたは強い反応を引き起こすことが多い.そのため,ペットが情報機器に対して攻撃をかけたり,情報機器が提供する情報がペットに不快な刺激となる可能性が高まっている.以前IEC/TC100で提示されたこの問題について,マルチメディア情報機器の設計上の視点からさらに検討を深め,対応を検討する.

キーワード ペットプロテクション,情報機器設計,マルチメディア情報

Pet protection to be considered in designing multimedia information equipment

Manabu SASAKI      Ayumi SAKITANI      Yushi KOMACHI

Faculty of Information Science and Technology, Osaka Institute of Technology, 1-79-1 Kitayama, Hirakata, Osaka 573-0196 Japan
E-mail: e1c04065@info.oit.ac.jp, †e1a04072@info.oit.ac.jp, ‡komachi@y-adagio.com

Abstract When multimedia information is rendered and presented, pets feel a strong interest in the information, and their attention will be caught by the multimedia equipment. Therefore, multimedia equipment should be more significantly designed than other equipment, and some design guidelines are required. IEC/TC100 discussed those requirements and suggested that a technical report should be developed. Responding the requirements, this paper studies some behavior of cats to multimedia information and proposes a design guideline for multimedia equipment.

Keyword pet protection, designing information equipment, multimedia information


1. まえがき

ネコ,イヌ等の小動物(ペット)を室内で飼育する家庭が増え,ペットが人間と生活環境を密接に共有する機会が増えている.その生活環境には多くのマルチメディア情報機器が普及している.マルチメディア情報は人間に対して強い印象を与えるだけでなく,ペットに対しても強い印象を与え得る.マルチメディア情報機器が備えられた生活環境を共にするペットは,マルチメディア情報に反応して,

等の事例が報告されている.このような場合,機器に損傷が与えられたり,誤操作による異常動作が起こる可能性があるだけでなく,ペットにも心理的または物理的な負担がかかることもある.

マルチメディア情報が人間に対して与える強い印象に関しては,サブリミナル効果に代表されるように,人間の感覚・反応を考慮してある程度の規制・指針[1],[2]が設けられてきたが,ペットに対するマルチメディア情報の検討・配慮・対応は遅れている.

そこでペットの感覚・反応を考慮したマルチメディア情報機器の設計指針が望まれる.マルチメディア情報機器の国際規格を検討しているIEC/TC 100においては,その戦略諮問会議(AGS: Advisory group on strategy)で既にこの問題提起がなされ,そのような設計指針”Pet protection”の必要性が確認された[3].しかもその要求は早期充足が求められている[4].

そこでここでは,まず生活環境での人間への密接さが顕著なネコに着目して,ネコの感覚・反応に関するこれまでの幾つかの調査研究とネコ飼育者の経験的知見とをレビューし,それらに基づいて,マルチメディア情報に対する感覚,反応,行動パターンを整理し,それらの特性を考慮したペットプロテクションの枠組みを検討する.これらのペットプロテクションの枠組みに関して,幾つかの実験的な確認を行う[18].

本研究は,動物行動学・小動物臨床等の分野でのこれまでの研究成果の確認ではなく,あくまでもそれらの研究成果 とネコ飼育者の経験的知見とに基づいて,ペットプロテクションの枠組みを検討し,その視点でのマルチメディア情報機器設計指針の叩き台を提供することを目的とする.


2. ネコの感覚・反応

ネコの感覚・反応に関するこれまでの幾つかの調査研究とネコ飼育者の経験的知見[5]〜[17]とをレビューした結果を次に簡潔にまとめる.

2.1 マルチメディア情報への感覚

(1) 視覚

青色に反応しやすく,450nm付近に最も顕著な反応があるが,赤色,黄色の対象にも興味を示す.動きと明暗による対象把握に特徴がある.フリッカ値は人間に近い15Hz〜60Hzであって,通常のテレビの映像は人間と同様に見えていると言われている.

光覚閾を決定する桿体細胞は人間の3倍以上と言われ,人間には見えない暗所での対象認識が可能である[5].

(2) 聴覚

2kHz〜6kHzの音に対して感度が高く,50Hz〜80kHzに反応する.高域では100kHz,低域では25Hz まで感度があるとの報告もある[5].

2.2 温度への反応

適温の環境を選ぶ能力が高く,体毛が濡れた場合には通常より高温の場所を好む傾向がある.

2.3 行動パターン

ランダムに微動するもの,突然動くもの,昆虫などの動作を連想させる動きまたは音に対して強い興味を示すとともに,場合によっては攻撃行動に出ることもある.


3. Pet protectionの枠組み

3.1 視覚情報に対する反応への配慮

(1) Warning表示

Warning表示として単にindicatorを点灯させるだけでなく,点滅または点滅部分の移動によってWarning効果を強調することがLED,液晶等で行われることが多い.このようなWarning表示はネコの興味を強く引き,表示箇所への接近,攻撃行動を誘発する.

特にWarningが移動,振動の回避を要求することを含む場合(例えば,CD-R/DVD-Rの書込み中のWarning表示)には,そのWarning表示には点滅または点滅の移動による強調は避けることが強く望まれる.

(2) 動作中表示

移動,振動の回避を要求するWarning表示ほど問題を起こすことは少ないが,単なる動作中表示のindicatorにおいても,その点滅がネコの興味を引き,表示箇所への接近,攻撃行動を誘発することがある.そのような事例が報告された事例を図1,図2に示す.(ネコの興味を引き易い点滅周期については,検討中.)

            
図1 グラデーション表示            図2 緑LEDの点滅表示

単なる動作中表示に関しては,indicatorの点灯にとどめることが望ましい.

(3) スクリーンセーバ

スクリーンセーバとして小さいオブジェクトが移動する画面が用いられると,それはネコの興味を引き,スクリーンへの接近を誘発する.その結果,スクリーンの近くにあるマウス,キーボード等の入力機器に誤入力が行われることがある(図3参照).そのような事例が既に報告されているので,ここでは青,赤,黄の3色で大きさ直径1cmの球体が画面上を動きまわるスクリーンセーバを試作し,それに対するネコの反応を確認した(図4〜7参照).

複数のネコに関する観察の結果,赤のオブジェクト移動についてはかなりの頻度で攻撃的な行動が観察された.

ネコの個体差に関するnormalizationはまだ不十分であるが,赤,青のオブジェクト移動については,ネコの接近を誘発することがあり,スクリーンへの接近を回避するには,特に赤のオブジェクト移動は非推奨とすることが望ましいことが示された.

         
図3 スクリーンへの接近を行うネコ(文献[3]より)

              
図4 赤オブジェクトへの対応     図5 赤オブジェクトへの対応     図6 黄オブジェクトへの対応     図7 青オブジェクトへの対応

(4) カーソル

通常画面のカーソル移動についての対応と配慮も3.1(3)と同様であが,カーソルはランダムな動きをすることが多いため,特に注意が必要である.ハエ,蚊を連想させるような形状のカーソルについては,特に攻撃を受けることが多い.

(5) 表示以外での対応

ネコの接近を誘発する可能性のある上記(1)〜(4)の表示をやむを得ず行う場合には,ネコの接近・攻撃によっても誤動作を生じないような配慮,例えばスクリーンセーバ動作中のキーボードロック,indicatorとスイッチ・コネクタ類との隔離など,が望まれる.

3.2 聴覚情報に対する反応への配慮

(1) 発振回路の周波数

人間の可聴周波数を避けた発振周波数を選んだ発振回路が採用されているDC-DCコンバータ等は,ネコの可聴域の音を発生している可能性があり,それを含む機器周辺での不可解と思われるネコの行動を誘発することがある.コアやトランジスタの効率が許す範囲で,さらに高い周波数を選ぶ等の配慮が望まれる.

単なる確認であるが,高調波を含む18kHz矩形波信号をスピーカに加えると,ネコは図8のように音源を確認する行動をとることが多い.さらに音量を上げると,音源から逃げる行動にでる.

(2) 昆虫が発する音に似た音

昆虫が歩く時の音(比較的高い周波数のカサカサ音)または飛ぶ時に発する音に似た音に対して,極めて強い興味を示すので,類似の音を出す可能性のある機器については注意が必要である.

         
図8 音源を確認しようとするネコ

3.3 温度に対する反応への配慮

(1) 通気孔

通気孔から出る温風に引き寄せられて通気孔を塞ぐことがある.その結果,筐体内部の温度が上がって電子回路の誤動作が生じる可能性があるので,通気孔の形状への配慮が望まれる.

特に2.2に示すネコの感覚・反応により,体毛が濡れたときに情報機器に接近する事例が多く,この場合,通気孔をとおして電子回路に水滴が付着する可能性がある.

         
図9 体毛が濡れたときに情報機器に接近するネコ(文献[3]より)

3.4 行動パターンへの配慮

(1) キーボード操作

3.1(3), 3.1(4)のケース以外にもキーボードへの入力行為の報告事例は多い.キーボード周辺部分に配列されたキーに対する入力事例が多く[3],重大な影響を及ぼす可能性のあるDeleteキーなどの配置には配慮が必要である.

            
図10 Deleteキーを押すネコ(文献[3]より)            図11 図10の拡大表示

備考: ネコによるキー操作を感知してキーロックをかけるソフト[19]が開発されている.

(2) 突発動作

突然発生する着信動作などに敏感に反応するため,ファクシミリの紙排出機構へのアタックなどに注意が必要である.

電話の着信音も突然発生する.最近は多様な着信音が使われているため,その選択についてもペットプロテクションの配慮が必要であろう.

(3) 遊び行動

無意味な遊び行動の対象として,情報機器に附属することが多いマウスが攻撃を受けることがある.遊び行動の対象にならないような形状が望まれる.

         
図12 マウスを攻撃するネコ(文献[3]より)


4. むすび

ペットとしてネコに着目し,その感覚・反応に関する幾つかの調査研究とネコ飼育者の経験的知見とに基づいてペットプロテクションの枠組みを検討した.動物の感覚・反応については,動物行動学,小動物臨床等の分野でのこれまでの研究成果に基づく確認が望まれ,ペットプロテクションの各課題に関する詳細検討と実証的評価を今後の課題として残している.ネコ以外のペットに関する同様の検討も必要である.

ペットプロテクションは人間に対する表示・警告を不十分にすることがあり,また電子装置の動作の効率を低下させることもある.したがってその運用には注意する必要があるが,今後人間とペットとの共存がさらに進むことが予想され,またペットの多様化も予想される.そこで今後のマルチメディア情報機器,特にマルチメディア情報家電機器の設計に際しては,適切なペットプロテクションの導入が不可欠になるであろう.


文献

[1] 日本放送協会番組基準,NHK, 1998-05, http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/kijun/index.htm
[2] 日本民間放送連盟 放送基準,NAB, 2004-04, http://nab.or.jp/index.php
[3] IEC/TC100/AGS(Secretariat)95, Proposal for Guideline to Pets and Kids protection in designing multimedia systems and equipment, 2002-10.
[4] IEC/TC100/AGS(Secretariat)138, Guideline to pet protection -- Response to the concern proposed by Mr. Mori of SMB, 2004-05.
[5] 岩崎るりは,猫のなるほど不思議学,講談社,2006.
[6] 犬と猫の視覚, http://ameblo.jp/vet/entry-10007332989.html
[7] 犬と猫の行動学, http://www5.ocn.ne.jp/~salbia22/illness126.html
[8] ネコの視覚の再現ビデオ, http://wiredvision.jp/archives/199910/1999101806.html
[9] 銀とラムの観察記, http://white.ap.teacup.com/applet/ginchan/20060316/archive, http://pink.ap.teacup.com/ginramu/
[10] ネコの目から見た世界, http://www.hirax.net/dekirukana/cat/
[11] トリマーを目指す人のための動物学入門〜猫編〜, http://xn--fdk1b9a8d.12poo.com/11_1.html
[12] 猫のおきてVol.130番外「猫の世界観」, http://archive.mag2.com/0000096408/20050902133000000.html?start=40
[13] 猫の聴覚, http://www.catsitter.jp/nekodas/zatsu.html
[14] 猫の聴覚, http://d-argent8.com/archives/51234716.html
[15] 猫の耳, http://vet.ameblo.jp/vet/entry-10000279151.html
[16] ガーデンバリア, http://www.nekoyoke110.com/details.shtml
[17] 川村光毅 業績集(原著), http://web.sc.itc.keio.ac.jp/anatomy/kokikawa/works1.html
[18] 佐々木学,崎谷歩美, マルチメディア情報家電機器設計におけるペットプロテクション, 画像電子学会第35回年次大会, S.1-7, 2007-06. [19] kittykeyboardkover, http://www.kittykeyboardkover.com/