情報技術標準化フォーラム

“国際標準化戦略論”の講義経験に基づく標準化人材育成の課題

小町 祐史
大阪工業大学 情報科学部

情報技術標準化フォーラム,2008-07-14

概要   先端技術を国際に提案して国際規格として認められることが,知的資源を有効に活用することに繋がる。これを重視して,国士舘大学の総合知的財産法学研究科に設けられた授業科目“国際標準化戦略論”の講義を,主として修士課程の学生を対象に既に2期にわたって行い,その中で明らかにした標準化人材育成の課題を紹介する。その背景となった活動,関連する国際・国内の活動にも言及する。


1. 国内での機運の盛上がり

標準化人材育成については,国際,国内で機運が盛上がり,人材育成への具体的な活動が開始されている。国内でのその主要なきっかけは,ITSCJのNewsletterの中で(独)科学技術振興機構の山下博之が纏められている[1]とおり,

などの提言・方針・計画が2004年から2005年にかけて国際標準化活動の重要性を取上げ,研究開発の成果を適切な知的財産戦略をもって国際規格に反映する国際標準化戦略の必要性を示したことにある。それらの具体化の要点が,戦略的な国際標準化活動の強化と支援,企業戦略としての国際標準化活動への取組みの促進,標準化活動を担う人材の育成である。特に標準化人材育成については,同じ時期にCSKホールディングスの黒川利明が文部科学省客員研究官としての立場で を発表し,産学連携によるシステム化された人材育成の必要性を説いた。これは,“2. 国際の動向”に示すICESの準備段階での活動との関係が深い。

[3],[4],[5]の公表に先立ち,情報通信技術委員会(TTC)の国際標準化課題調査研究AG(アドバイザリグループ)は

を発表している。これは,2003年6月19日に総合科学技術会議において策定された「知的財産戦略について」および2003年7月8日に知的財産戦略本部において策定された「知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画」を参照した上で,AGでの議論をまとめて,我が国(主として我が国の企業)は今後の国際標準化活動にどう対応すべきかにかなり具体的な言及を行っている。

即ち,

“日本企業の経営者は自社技術を国際標準化し,その結果として国際競争力を高めるという考え方をもっていない。国際標準化活動の担当者が企業で認められていない傾向が強く,この影響は顕著にITU-Tへの寄書数の減少として現れている。”との現状把握のもとに,

“経営者によって標準化の重要性が認識され,標準化活動計画が経営戦略の中に位置付けられることが必要である。そして国際標準化活動従事者が成果や貢献度に基づいて評価されるシステムを構築すべきである。国際標準化活動に従事する人材の育成がおろそかになっている。国際標準化会議の議長を務められるようになるにはかなりの経験を必要とするが,国際標準化活動に対する社内評価の問題で後継者を育成することが困難になっている。” との問題提起を行い,
- 国際標準化活動の重要性の再検討
- 標準化活動に携わる人材の育成
- 危機管理としての標準化戦略
を提言している。特に人材の育成に関しては,次の提案を行っている。
- 技術経営(MOT)等のコースを活用し,標準化活動の初心者等に対するセミナーや講座等を通じて人材の養成を行う。
- TTCにおいてITU等の国際標準化の経験者によるセミナーの開催する。
- 企業内において,標準化人材有効活用のためにCSO(Chief Standardization Officer)のような統括者を設ける。


2. 国際の動向

標準化人材育成の活動の中で規模拡大が顕著な国際的活動がICES (International Cooperation for Education about Standardization)である。Sun MicrosystemsのJohn HillとCSKホールディングスの黒川利明との提案によるこの活動は,これまで次の(1),(2),(3)に主要な議論の項目を示す3回のworkshopを行い,3回目のworkshopでは国際標準化組織ITU, IEC, ISOの幹部が揃って議論に参加する規模に至っている。初回からの参加国/参加者の推移は,6ヶ国13名,11ヶ国38名,19ヶ国78名であり,参加国,参加者のどちらも増加を続けている。

(1) The Future of Global Education in Standards (ICES 2006), Tokyo, 2006-02-06/08 (http://www.standards-education.org/workshops/ices2006)
Introductory Address
Information Leveling/Sharing
Action Plan
Publicity

(2) ICES 2007 Workshop, Delft/the Netherlands, 2007-02-07/09 (http://www.standards-education.org/workshops/ices2007)
Workshop Aims and Structure
Need for Standardization Education
Audience and Leaning Objectives of Standardization Education
Education Content
Educational Material for Standardization Courses

(3) ICES 2008 Workshop, Gaithersburg/US, 2008-02-21/22 (http://www.standards-education.org/workshops/ices2008/presentations)
Opening
- International Committee on Education about Standardization
- ANSI Committee on Education
- ASTM(American Society for Testing and Materials) International Education Activities
Perspectives on Education about Standardization
- North American Perspective
- South American Perspective
- APEC Standards Education Project
- Asian Perspective
- European Perspective
ISO/IEC/ITU Education Activities
- International Organization for Standardization
- International Electrotechnical Commission
- International Telecommunications Union
Education About Standardization: Strategic Planning
- Utilizing standardization education in the classroom and laboratory
- The role of the educator; venues for education about standardization
- Challenges facing those engaged in education about standardization and how to oevercome them
Presentation on the ICES Strategy

これらのICESの活動については黒川利明による詳細な報告[10],[11],[12]があり,設立の背景,主要な議論,今後の計画等が示されているので,ここでは重複を避ける。小町は初回からICES Workshopに参加し,2006年に提出した文献[7]では,CICC(Center of the International Cooperation for Computerization)で行ったアジア諸国に対する標準化人材育成を報告し,ICES 2007 Workshopに提出した文献[8]では国士舘大学の知財法学研究科における講義内容を紹介した。ICES 2008 Workshopでは,文献[9]を用いて,画像電子学会の国際標準化教育研究会の設立などを報告した。

John Hillが感じた国際標準化活動に従事する者のプロ意識についての懸念に端を発したこのICESの活動が,標準化人材育成という地味でしかも企業の利益に直ちに結びつくわけではないトピックを扱いながらも,順調な規模拡大を続けていることは,次のことを裏付けていると見るべきであろう。

ICESでの議論で興味深いことは,標準化人材育成について,我が国や韓国がとりあえずできることから開始して,事例研究と標準化に携わった専門家によるtutorialとを主体として推進しているのに対して,欧米では,The Center for Global Standards Analysis, The Catholic University of AmericaのDon PurcellのICESメンバに対する問いかけ"Do standards education programs have a strategic value?"[13]のように,標準化人材育成および標準化そのものの基本的な課題の検討も行おうとしている,などの各国の異なる姿勢・対応が見られることである。


3. 大学院での講義

3.1 国士舘大学 総合知的財産法学研究科

国士舘大学の総合知的財産法学研究科[24]は,“1. 国内での機運の盛上がり”に示す社会的要請を考慮し,知財関連法学の習得を基礎に,法学・経営学・工学の領域をカバーする法的構想力を備えた専門家の養成を目指して,2006年春に設置された。研究科設置の趣旨にも“知的財産推進計画2005”が引用されている。この知財法学研究科では,標準化の戦略的な運用に必要な教育と研究にも重点が置かれている。

2006年度から小町は,この知財法学研究科に設けられた科目“国際標準化戦略論”の講義を主として修士1年の学生を対象に既に2期にわたって行い,その中で明らかになった標準化人材育成の課題をここに整理する。初年度の概要は既に情報処理学会[25],画像電子学会[26],およびICES 2007 Workshop[8]に報告した。

関連する授業科目として,“国際標準化と法”,“情報概論”,“工学概論”などの講義が行われている。

(1)“国際標準化戦略論”

大学院便覧はこの科目を次のように紹介している。

国内規格を国際規格に一致させることが,産業先進国の条件になり,国際規格に適合した製品であることを輸入の条件とする国が増えて,国際規格が国の戦略の対象になりつつある。国,企業にとっては,それらがもつ先端技術を国際に提案して国際規格としての承認を得ることが,知的資源を有効に活用することに繋がる。本講では,講師のIEC/TC100戦略諮問会議(AGS)議長(Chair)およびISO/IEC JTC1/SC34におけるConvener/Project editorとしての経験に基づき,

その内容(2006年度)は,表3.1に示す15回の講義(1回90分)から構成された。

表3.1 国際標準化戦略論の構成

講義通番講義課題
1国際標準化とその必要性
2国際標準化会議の実際(IEC/TC100関連会議)
3国際標準化組織とその活動
4国際規格と他の規格
5国際標準化の手続
6国内標準化の組織と手続
7国際標準に資する人材育成およびマネジメント規格(特別講演)
8標準化における知財の扱い
9コンソシアムによる標準化(特別講演)
10TR, Fast-track, PAS利用戦略
11幹事国業務(特別講演)
12標準化に関するアジアの支援と協力
13翻訳規格作成演習
14ISOおよびIECの新作業課題提案作成演習
15ISOおよびIECの規格原案作成演習

小町の経験と知識ではカバーできない範囲については,その分野の専門家に特別講義をお願いした。第2回の講義では,ちょうどその直前に行われたIEC/TC100関連会議の内容を紹介し,現在進行中の国際標準化作業の感触を伝えた。第9回の特別講演でも,その直前に開催されたW3Cの会議のようすが紹介されている。

2007年度には関連する国際会議の日程に応じて講義の順序を幾分変更している。さらに特別講義として,経済産業省 情報電子標準化推進室長の和泉室長に“国際標準化への取組みの重要性”を講義(5.3を参照)いただくと共に,ちょうど講義の日に開催された画像電子学会の第1回国際標準化教育研究会(図4.3を参照)に受講生を参加させ,関係者との議論を経験させた。

(2) 講義内容の項目例

講義に用いたプレゼンテーション資料の幾つかの主要項目を次に示す。

8. 標準化における知財の扱い
8.1 標準化と知的財産
8.2 JISでの知財の扱い
8.3 ITUでの知財の扱い
8.4 ISO/IECでの知財の扱い
8.5 W3Cでの知財の扱い
8.6 DVDに関するMETI/OITDAの議論
10. TR, Fast-track, PAS利用戦略
10.1 W3C勧告と標準情報(TR)との並行作業
10.2 標準情報(TR)とFast-trackとを用いたRELAXの国際標準化
10.3 PASによるODFの国際標準化
10.4 Fast-trackによるOOXMLの国際標準化
10.4 IEC/TC100におけるTAの設立
12. 標準化に関するアジアの支援と協力
12.1 アジア諸国への標準化教育
12.2 アジア諸国との協力による国際標準化
12.3 アジア諸国との連携による国際標準化
14. ISOおよびIECの新作業課題提案作成演習
例示する課題(または他の新たな課題)の中から選択した課題について,NP(新作業課題提案)フォームの
(1) 適用範囲(Scope)
(2) 目的および必要性(Purpose and justification)
の内容を記入する。
15. ISOおよびIECの規格原案作成演習
現在作成途中のIECの規格原案を示す。これのclause中に朱記された日本語記述を規定内容として適切な英文に翻訳する。この演習によって,国際規格文書の表記を習得する。

(3) 課題

2007年度後期の講義終了までに気付いた課題を次に整理する。

3.2 大阪工大 情報科学研究科

大阪工大 情報科学研究科では,修士1年の学生を対象とする講義課目“情報科学特論”の一部として“情報技術国際標準化戦略論”を小町が担当している。その内容は国士舘大学 総合知的財産法学研究科の“国際標準化戦略論”のサブセットになっている。情報科学を専攻する学生が対象であるため,標準化対象技術を情報通信技術に絞り込んだ講義が可能である。

2007年度前期では,次のレポート課題を提出してその内容で評価を行った。

レポート課題: 各人の研究テーマまたは研究予定テーマの中で(またはそれに関連して)今後必要になると思われる国際標準化の課題をとりあげ,それを国際規格として提案するための次の項目をレポートとして提出せよ。使用言語は英語とする。
Title
Scope
Purpose and Justification

受講生27名の5段階評価での成績分布は表3.2のとおりであった。

表3.2 情報技術国際標準化戦略論の受講生成績分布

評価人数
5  4  
4  19  
3  1  
2以下  3  


4. 画像電子学会 国際標準化教育研究会

ICESの動向を受け,国内における対応組織を考えるために,2006年から2007年のはじめにかけて,国内における標準化教育関連活動を調査したが,国内の学会・協会にそれを見つけることができなかった。そこで数名の関係者と相談して,国際標準化にもこれまで多くの貢献をしてきた画像電子学会の中に,標準化の教育/人材育成に関する研究会を設けて学会としての議論を行う場を設けることを計画した。

まず2007年度の年次大会の準備段階で,既存の研究会が担当する企画セションに加えて,既存の研究会の枠組みに捉われない新企画セションの提案募集が行われていたため,国際標準化の教育/人材育成をテーマとする新企画セションを提案して,図4.1に示す6件の講演を集めた。この新企画セションは,2007年6月に大阪工大で開催され,多くの参加者による活発な議論が行われた。

表題氏名(所属)
T.2-1 スタンダード学に関する研究教育構想 栗原 史郎 一橋大学
T.2-2 ICESの設立と検討 黒川 利明 CSKホールディングス・文部科学省
T.2-3 電気電子分野の標準化教材の開発 池田 宏明,和泉 章* 千葉大学,*経済産業省
T.2-4 大学院における“国際標準化戦略論” 小町 祐史 大阪工業大学
T.2-5 戦略的標準化人材育成プログラムの策定と実施 上條 由紀子,金正 勲 慶應義塾大学
T.2-6 大学教育と標準化研究に関するITU-Tと大学の国際協調 松本 充司,池田 佳和* 早稲田大学,*国立情報学研究所

図4.1 2007年度年次大会における新企画セション"国際標準化の教育/人材育成"の内容

この実績を踏まえて,2007年9月の画像電子学会理事会に国際標準化教育研究会の設立が提案され,第2種研究会として承認された。この研究会の対象分野と運営を行う研究委員会のメンバを図4.2に示す。

対象分野
国際および国内の標準化活動を推進する人材育成に関する次のようなトピックを扱う。
- 標準化戦略とその推進
- 標準化活動を推進する人材育成課題
- 教材
- 教育方法
- 国際標準化関連課題
- ICES リエゾン
研究委員会のメンバ構成
委員長:
黒川 利明 (CSK ホールディングス・文部科学省)
コアメンバ:
栗原 史郎 (一橋大学)
池田 宏明 (千葉大学) -- IEC 関連
松本 充司 (早稲田大学) -- ITU 関連
上條 由紀子 (慶應義塾大学)
小町 祐史 (大阪工業大学) -- ISO, JIS 関連
小野 文孝 (東京工芸大学) -- 符号化技術

図4.2 対象分野と研究委員会のメンバ構成

この研究会の活動は,ウェブ http://www.y-adagio.com/public/committees/std/std.htm に示されている。

その後この国際標準化教育研究会は,2008年1月に第1回の研究会を開催し,2008年6月の年次大会においては企画セション"キックオフした標準化教育への期待"を担当した。それぞれの講演課題を図4.3, 図4.4に示す。

表題氏名(所属)
1. わが国はスタンダードにどう立ち向かうべきか 栗原 史郎 (一橋大学)
2. 標準化教育のための教材開発の経緯と今後の取り組み 松本 隆 (日本規格協会)

図4.3 第1回国際標準化教育研究会の内容

表題氏名(所属)
T.2-1 経済産業省における標準化教育への取り組みについて 和泉 章(経済産業省)
T.2-2 国際標準化の今昔 尾上 守夫(東京大学/名誉教授)
T.2-3 国際標準化教材の評価 − 千葉大学公開講座の受講者評価を通して 池田 宏明,海原 優子(千葉大学)
T.2-4 ICES 2008 ICES(標準人材育成国際協力機構)の現状と今後 黒川 利明(CSKホールディングス)
T.2-5 日本標準からアジア標準へ 坂口 尚(情報通信技術委員会)

図4.4 2008年度年次大会の企画セション"キックオフした標準化教育への期待"の内容


5. 経済産業省が推進する国内での人材育成への取組み

経済産業省産業技術環境局は,“1. 国内での機運の盛上がり”に示した各種提言に応えるようなタイミングで,標準化人材育成に極めて積極的な取組みを示している。その全貌については既に情報電子標準化推進室長の和泉章が報告[14]している。ここでは,“3. 大学院での講義”の課題を検討するために必要と思われる経済産業省の活動項目を紹介するにとどめる。

5.1 標準化教材の作成・公表

大学,企業などにおける標準化人材育成を支援するために,日本規格協会への委託事業として,標準化教育・研修に活用できる教材が作成され,日本規格協会のウェブで公表[15]された。この教材“標準化教育プログラム”は共通知識編と個別技術分野編に分かれ,個別技術分野編は機械,機械安全,電気・電子,化学に分類されて,さらにモジュール化されている。

専門分野に則した広範な用途に対応したかなり充実した内容になっており,適切な利用によって教育・研修の高い成果が期待できる。それだけに技術の進展に即応した改訂が必要であり,この教材の継続的なメンテナンスを行うリソースの確保が望まれる。

5.2 国際標準化の専門家育成研修

経済産業省の国際標準化戦略目標(2006-11)に従い,標準化の分野で活躍する人材の裾野を中長期的に広げるために,国際規格を作成できる人材を育成する国際標準作成研修[16],および国際標準化の会議においてリーダシップを発揮できる人材を育成する国際標準化リーダーシップ研修[17]が,2007年度から日本規格協会の主催で実施されている。

(1) 国際標準作成研修

ISOまたはIECの国際標準化活動において,規格原案の作成に関わっている人,および関わる予定の人を対象として,次の項目について研修が行われた。
- ISO/IEC Directive Part 1の概要
- JTC1 Directiveの概要
- NPの書き方
- 規格文書の構成
- ISO/IEC Directive Part 2の概要
- ISOおよびIECのテンプレートを使った規格原案作成

(2) 国際標準化リーダーシップ研修

ISOまたはIECの日本代表,TCまたはSCの議長・国際幹事,convener, project leader, project editor, expertとして活動している人,および活動する予定の人を対象として,次の項目について研修が行われた。
- ISO/IEC Directive Part 1の読み方
- 国際規格の市場性,ウィーン協定,ドレスデン協定
- 事例研究(ISO, IEC, ISO/IEC_JTC1)
- ロールプレイによる仮想国際会議

小町はこれらに講師として参加し,国際標準作成研修では“NPの書き方”,国際標準化リーダーシップ研修では“ISO/IEC Directives Part 1の読み方”を担当して,教材の作成と講義を行った。教材には,国士舘大学 総合知的財産法学研究科での講義資料の一部を引用すると共に,日本規格協会の標準化教育プログラム 共通知識編を参照させていただいた。

両研修ともかなりISO, IECの詳細なルールに言及する内容であったが,そのルールに基づく実際の標準化作業については,標準化対象技術による差異が大きく,必ずしも受講者の期待する充分な情報が得られなかったのではないかとの懸念が残る。

5.3 大学などの学校教育における標準化認識の普及

標準化に対する社会的認識を高めるため,将来にわたって標準化に携わる優秀な人材を確保するため,学校教育の中で標準化を知る機会を増やすことが必要との判断に基づいて,経済産業省の職員や民間企業の専門家が学校を訪問し,出前授業が実施された。

大学生に対しては,標準化についての基本的な理解を深める講義が行われ,標準は与えられるものではなく,積極的に参加して作り上げるものであること,工学系の学生は将来何らかの形で標準化に関わる可能性が高いことなどが説明されて,標準化がビジネスに欠かせないツールであることを理解してもらったと報告されている。

きわめて長期的視野に立つ活動ではあり,直ちにその成果を期待することはできないが,この活動をきっかけとして今後,組織的に継続されることが望まれる。

5.4 大学院

大学に対して行っている標準化への基本的な理解を深める講義に加えて,大学院などの専門課程としての標準化教育への取組みも重要であるとの判断に基づき,経済産業省のリーダシップのもとに日本規格協会が提供する寄付講座が実施されている。その講義は,民間企業等の専門家の協力のもとに行われ,日本規格協会への委託事業で開発された標準化教育プログラムが活用された。

(1) 関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科における寄付講座「ビジネスソリューションとしての標準化」,2007年度前期 [18]
- 国際標準化と基準認証制度
- 事業戦略と標準化
- 先端技術と標準化
- マネジメント規格と社内標準化
- JISの歴史と最近の社会システムの中での活用

(2) 東京工業大学大学院イノベーションマネージメント研究科における寄付講座「イノベーションと標準化」,2007年度後期 [19][20]
- 標準の基礎
- ビジネスと標準化
- イノベーションと標準化
- 標準,知的財産権と独占禁止法
- グローバルビジネスと認証制度

5.5 学会/協会

経済産業省のリーダシップのもとに産学官の連携によって,次の講演会が開催され,または計画されている。これらの取組みは,“国際標準化活動は日本の多くの学会に支えられている。学会において標準化に関する取組みを強化することは,日本の標準化全般の活性化につながるだけでなく,そこに参加する学生や企業・大学関係者の人材育成にもつながることから極めて重要である。”との判断に基づく。

(1) 2008年電子情報通信学会総合大会,大会特別企画 国際標準化とビジネス戦略(TK-4),2008-03-20 [21]
- 国際標準化機関IECから見た日本の国際標準化活動
- 日本政府におけるICT国際標準化政策
- マルティメディア符号化に関する国際標準化
- 第3世代携帯電話の国際標準化
- QRコード(2次元コード)の国際標準化

(2) 日本工学教育協会(JSEE)第56回年次大会,(平成20年度)工学・工業教育研究講演会,2008-08-03 [22]

大学・工学部,高専,企業などが集まって工学系の人材育成を目的としている日本工学教育協会を活用して,その年次大会の研究講演会で,大学において標準化を講義している教員がまとまって発表していくことが,効果的な標準化の普及に繋がるとの判断に基づき,関係者に経済産業省の講演参加が依頼[23]された。

その結果,9件の標準化教育に関する講演(池田宏明(千葉大学), 上條由紀子(慶應義塾大学), 小町祐史(大阪工業大学), 田中正躬, 野中玲子(千葉工業大学), 田辺孝二(東京工業大学), 奈良好啓 (MINコンサルタント), 山田肇(東洋大学), 山本隆司(東京農工大学), 吉田均(日本規格協会))が“国際化時代における工業教育”のセションで行われる予定である。

6. 結び − 標準化活動に対する評価

国際標準化活動の重要性が認識され,標準化人材育成への活動が具体化したことは,望ましいが,この活動を継続的に推進し,さらに高度化していくためには,標準化活動に対する適切な評価が望まれる。

つまりどのような活動であれ,その推進にはそれなりのリソースを必要とする。活動に投入し得るリソースの規模は,活動に対する評価に依存する。標準化活動が開始されてから,その技術に関する規格が発効され,それに基づくプロダクツが市場で評価されるまでには,かなり時間遅れを要し,その間にさまざまな因子が市場での評価に入り込むため,標準化活動に対する評価は単純ではない。標準化人材育成は,標準化活動の開始以前の活動であり,標準化人材育成の活動の“ありがたみ”を客観的に評価することはさらに難しい。

しかし困難さばかりを唱えていても仕方ないので,まずは標準化活動の評価モデルを考え,誤差と批判とを承知の上で標準化活動の“ありがたみ”を求めてみることが肝要であろう。筆者は企業に在籍中,この課題を上司から与えられ,解を出さないまま,転職してしまった。従って,私の標準化活動に対する評価もペンディングのまま(つまり評価されないまま)であった。後輩の標準化への意識が懸念される。

期待され盛上がりつつある標準化人材育成に対して適切なリソースを提供するために,そして何年か経過した後に現在の期待を失望に変えないためにも,標準化活動の評価モデルの検討が望まれる。

国士舘大学 総合知的財産法学研究科の国際標準化戦略論の開講にご尽力下さった国士舘大学法学部の加藤直隆教授,快く特別講演をお引受け下さった黒川利明(CSKホールディングス),大野邦夫(産能開発大),小倉由紀子(JTC1/SC29 Secr.),和泉章(経済産業省)の4氏に感謝する。

文献