文書処理技術の進歩によって, これまで印刷技術の分野だけで使われてきた多様な書体をさまざまな文書処理アプリケーションが利用して, 高品位な文書を手軽に生成することが可能になった。その結果, フォント情報処理用語が, これまでの特定分野の専門家だけでなく, 多くの技術者及びフォント利用者の目に触れる状況になってきた。
文書処理関連技術の発達は, マルチメディア/ハイパメディア文書処理の普及, 光ディスクに代表される大容量可換記憶媒体による情報の配布・流通などを可能にした。それらは, 新たなフォント関連技術を促進し,新しいフォント関連用語を生み出している。
文書処理系での処理内容が整理され,
これらフォント技術環境の変化によって, これまで必ずしも系統立って整理されていなかったフォント情報処理用語, フォント関連用語を, 情報処理の観点から体系付け, 明確な定義を与えて, フォント技術を用いる情報処理に関する正確な記述を可能にすることが急務になっている。そこで文字フォント開発・普及センターは, 次に示す調査研究活動を行い, フォント関連用語の収集, 整理及び定義・解説の付与を行ってきた。
これらの成果物は必ずしも入手し易いものではなかったため, 次の活動として, その内容を標準情報(TR)などの公的な出版物として利用者に提供することへの要求が関連業界から高まった。この標準情報(TR)の公表は, これらの要求に応えることを目的とする。
通商産業省工業技術院は, この要求に応えるための作業を文字フォント開発・普及センターに依託した。これを受けて文字フォント開発・普及センターは, “フォント関連用語の標準化に関する調査研究委員会”を設立し, 1994年度から開発を開始した。原則として“新フォント関連用語集”に基づき, “新フォント関連用語集”の用語から組版用語等を削除し, さらに用語の追加, 削除を行うと共に, 用語の分類を見直して, 章建てを検討し, フォント情報処理用語の原案を作成した。
フォント情報処理用語において“新フォント関連用語集”から削除された用語, 及びフォント情報処理用語でカバーできていないフォント応用分野の関連用語についても調査研究を行い,フォント応用用語として体系的に整理した[3]。
フォント情報処理用語の原案は, 1996年8月にTR X 0003:1996として公表された。その標準情報(TR)に対しては, 用語追加, 索引の付与などが利用者から求められた。そこで(財)日本規格協会 情報技術標準化センター(INSTAC)の電子出版技術調査研究委員会は, その改正作業を1999年度の課題として取り上げ, 作業グループWG4を設立して改正作業に着手し, 改正[4]原案は, 2000年2月に工業技術院に提出された。
さらに電子出版技術調査研究委員会の作業グループWG4は,“フォント関連用語の標準化に関する調査研究委員会”が作成したフォント応用用語に関する利用者要求がさらに増大していることを確認し, 1999年度の課題としてフォント応用用語の詳細な見直しを行って, 電子出版技術関連用語の標準情報(TR)の原案としてまとめ, それを2000年5月に工業技術院に提出した。
以前のフォント応用用語に対する主な変更箇所を次に示す。
a) ISO/IEC JTC1/SC1が開発した ISO/IEC 2382-23[5]はフォント関連用語を含むが, JTC1の他の SC(Sub Committee)が開発したフォント関連規格の内容が必ずしも反映されてなく, それぞれの対応JISの間にも多少の不整合がある。この問題は, ISO/IEC 2382-23のDIS(Draft International Standard)投票の段階で明らかになっていたが, 規格制定時期の遅れを避けるために, 日本としてもその不整合を承知した上で賛成投票を行った。それでこの標準情報(TR)では, ISO/IEC 2382-23(JIS X 0023-1995)が定義する電子出版技術関連用語を, 一部を除き, そのまま導入することを避けている。
b) 印刷技術そのものの用語については, 既にJIS Z 8123:1995 印刷用語[6]などの規定があるため, 原則としてこの標準情報(TR)の適用範囲から除外した。ただし, この標準情報(TR)に収録した幾つかの用語と密接に関係する印刷関連用語は, そこに引用して含めることとした。
c) 機器関連用語は, 製造業者固有の表現が多く, 標準情報(TR)として整理することが困難であったので, 適用範囲から除外した。
d) 組版関連用語については, 参考文献[7],[8],[9]などにも定義が示されている。それらの定義のほとんどがその規定だけに適用されるものであるため, この標準情報では特に参照していない。参考文献[12]についても同様であり, 一部を除き, この標準情報では特に参照していない。
e) 参考文献[10],[11]に規定されている定義の多くも, それらの規格の適用範囲において有効である。しかしこれらの定義の幾つかについては, それらの規格の原案委員会からの強い要望に基づき, この標準情報(TR)の定義としてTR本体に示した(定義の末尾の括弧内に, 参照規格を示す。)。その要望が出される以前にこの標準情報(TR)の原案委員会がこの標準情報(TR)の適用範囲に関して有効な定義として用意した定義を解説表1に示す。
備考 参考文献[11]は, この標準情報(TR)が公表された際には, まだ制定されていなかったために, 2. 引用規格には含めていない。
番号
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用語
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定義
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対応英語
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参考
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00.01.01* | 組版 | 文字,図形などを原稿指定又はレイアウトに従って, ページ毎にまとめあげること。 | composition | |
01.01 | ベタ組み | 隣接する文字の仮想ボディ(TR X 0003参照)間にアキを設けずに組版すること。 | solid(matter) | ベタ送りとも言う。文字間に関しては字間ベタといい,行間に関しては行間ベタと言う。和文組版では字送りベタはごく普通であるが,行送りベタは可読性が悪く,あまり例がない。 |
01.02.01.01 | 二分アキ | 全角の1/2のアキ。 | en space | |
01.02.01.03 | 三分アキ | 全角の1/3のアキ。 | ||
01.02.01.04 | 四分アキ | 全角の1/4のアキ。 | ||
01.02.01.05 | 八分アキ | 全角の1/8のアキ。 | ||
01.02.01.07* | 字間 | 同一行における, 隣接する文字の仮想ボディの間隔。 | letter space | |
01.02.02.04 | 均等割り | 字間を規定の送り量より一定量だけ広げて組版すること。 | ||
01.03.01.01.05 | 行間 | 隣接する行の, 文字の仮想ボディの間隔。 | interline space, line space | |
01.03.03* | 行長 | 行頭から行末までの長さ。 | line length |
欧文組版では,普通はパイカを単位とする。和文組版では,文字サイズを単位として,“何字詰め”と表現する。 |
01.03.04 | 行頭 | 行の始端。 | 和文においては,縦組みの行の上端,横組みの行の左端を言う。 | |
01.03.04.03 | 字下げ | 行頭を字詰方向に移動させること。 | indentation | |
01.03.04.07 | 字上げ |
(1) 行頭を字詰め方向と逆の方向に移動させること。 (2) 字下げした文字を元に戻すこと。 |
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01.03.06 | 行末 | 行の終端。 | 縦組みにおける行の下端。和文の横組み又は欧文における行の右端。 | |
01.04.03 | 行頭ぞろえ | 行頭にそろえる組み方。 | 頭ぞろえとも言う。 | |
01.04.04 | 行末ぞろえ | 行末にそろえる組み方。 | しり(尻)ぞろえとも言う。 | |
01.04.05 | 中央ぞろえ | 中心ぞろえに同じ。 | ||
01.06.01 | 禁則処理 | 禁則を回避するための処理。 | 禁則処理は,組版の美しさ及び可読性を高めることを目標とするが,それを徹底するほど組版能率が下がる。組版能率,出版内容などによって,禁則条件の中の許容できるものを決める。 | |
01.06.01.05 | 追込み |
(1) 文字などを前行に送り込む禁則処理。 (2) 改行, 改段, 改ページをせずに,文字を前行,前段,前ページに送り込むこと。 |
||
01.06.01.06 | 追出し | 文字などを次行に送り出す禁則処理。 | 追い落としとも言う。 | |
01.07 | 添え字 | 親文字に付ける上付き文字及び下付き文字。 | superscript, subscript, superior, inferior | |
01.07.03 | 圏点 | 特に強調したい語句の脇(縦組みでは右,横組みでは上)に付ける記号。 | ||
01.07.06 | 親文字 | ルビ・圏点・添え字などを付ける対象となる文字。 | ||
01.08* | ルビ | 文字のそばにつけて,その文字の読み,意味などを示す小さな文字。 | ruby | ルビ列の親文字との位置関係は, 組版の課題とする。 |
01.12.02.01.01 | 版面 | 基本組みに同じ。 | 書籍では同一テーマで構成された落ちつきを表すために, 版面の小さいページとなる。これに対し, 雑誌では, 多種多様なテーマの混載であるため, 融通性を重んじて版面の大きいページとすることが多い。 | |
01.12.02.02 | 組み方向 | 文字を組む方向。 | 和文では縦組みにおいては上下,横組みにおいては左右に向かう方向。 | |
01.12.02.02.01 | 字詰め方向 | 組み方向に同じ。 | ||
01.12.05 | 改ページ | 次のページから新しく組み始めること。 | page feed | 別ページ起しとも言う。 |
01.13.01* | 割り注 | 文中で複数行に渡ってさらに小さい文字サイズを用いて注釈を付けること。 | inline note | 前後をパーレンで囲むことが多い。 |
01.14.01 | 段間 | 隣り合った段の間隔。 | ||
01.14.02 | 段組み | ページを2段以上に分けて組むこと。 | column composing | 段組みは, 版面の利用率及び可読性を高めるために行う。 |
01.14.03 | 改段 | 次の段から新しく組み始めること。 | 段替え。 | |
01.16* | 罫線 | 表組み,強調,飾りなどのために組んだ線分。 | rule | |
01.17.02 | 小間 | ページの一部を罫線などで区切った小さなスペース。 | ||
01.21 | 縦中横 | 縦組みの中の一部に文字を横に並べる組み方。 | 横組み中に入れる縦の並びもこの変形とする。 | |
02.16 | のど |
(2) 綴じ代側の余白。 (1) 本の背が接する部分の内側。 |
gutter | |
02.17 | 天 |
(1) 本のページ面のレイアウトにおける,上部の余白。 (2) 本の上部。 |
head, top edge | |
05.12 | 約物 | 文字組版において,可読性を向上させ,意味理解を助けるために用いる補助記号類の総称。 | 句読点・疑問符・括弧・アクセントなど。 | |
05.12.03 | 括弧類 | 一部の語句,文章などを,他と区別するために,前後にはさむくくり記号。 | parenthesis | 「」,『』,【】,(),〔〕など。 |
05.13 | 禁則文字 | 和文組版において,禁則の条件に該当する文字。 | ||
05.13.04 | 分離禁止文字 | 分離禁止の条件に該当する文字。 | 分離禁止文字は,必ずしも行分割を禁止していない場合がある。行分割してはならない文字は,行割禁止文字と言う。 | |
06.06* | 段落 |
(1) 一つ又は複数の文章からなる意味的な一つのまとまり。 (2) 意味的な一つのまとまりの切れ目。 |
paragraph, paragraph-break | 通常は,段落の次にくる文を別行とする。別段落であることを明らかにするために,段落始めを字下げして組むことが多い。 |
06.13.06 | 同行見出し | 本文と同じ行に組んだ見出し。 |
この標準情報(TR)が扱う技術分野の位置付けを明らかにするため,解説図1のモデルを考える。
┌──―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――┐ ↓ ↓ | 文書内容文字列処理 文書スタイル指定* | | ↓ | └――――――→ フォーマット処理* ―→ ページ記述 ―→ レンダリング ────┐ | ┌─ ↑ ↑ ↑ ↑ | | │ ┌──|────|────────|────────|────┐ | | │ │管理情報 メトリク情報 形状表現情報 レンダリング情報│ | | │ └───────────フォント資源 ────────────┘ | | │ ↑ | | │ フォントデザイン ―→ フォント生成系 | 校正* └──────────────────────────────────┘ | | TR X 0003が対象とするフォント関連技術分野 ↓ | 面付け* | ↓ | 製版* | ↓ | 印刷──┘ ↓ 製本* * : この標準情報(TR X 0034)が対象とする分野
文書内容文字列処理においては, 文書の意味内容だけを考慮して構造化された文字列等が生成され, 構造は要素(論理要素)及びその属性によって記述される。文書スタイル指定によって, 論理要素にフォーマティング要素が対応付けられる。この対応付けを実行してページ画像を生成する処理がフォーマット処理である。ページ画像は交換のために, 装置非依存な形式で記述されることがあり, それはレンダリング処理を施されて紙面又はディスプレイに表示される。
この一連の文書情報処理において, フォント情報はフォーマット処理以降で用いられ, フォント資源を構成する管理情報, メトリク情報, 形状表現情報及びレンダリング情報が, 解説図1に示すとおりに各処理段階で必要になる。フォント資源は, フォントデザインに基づいてフォント生成系で生成される。これらに必要な用語は, TR X 0003がその対象とする。
文書の生成過程はここで閉じるわけではなく, さらに解説図1の右側に示される処理を受けて利用者に届けられる。この標準情報(TR)は, 図中に"*"を付した文書の生成過程において電子的な処理又は電子的支援手段を用いる電子出版技術に関連する用語を扱う。
[1] フォント関連用語集,日本規格協会,1990-03
[2] 新フォント関連用語集,日本規格協会,1993-03
[3] 平成8年度 フォント関連用語の標準化に関する調査研究報告書, 1997-03
[4] TR X 0003:2000 フォント情報処理用語, 2000-05-01
[5] ISO/IEC 2382-23:1994, Information technology - Vocabulary - Part 23: Text processing, 1994-03
(JIS X 0023-1995 情報処理用語(テキスト処理), 1995-10-01)
[6] JIS Z 8123:1995, 印刷用語, 1995-02-01
[7] TR X 0011:1998, 段階スタイルシート 水準1(CSS1), 1998-10-20
[8] TR X 0032:2000, 段階スタイルシート 水準2(CSS2), 2000-09-01
[9] TR X 0010:2000, 日本語組版のDSSSLライブラリ, 2000-09-01
[10] JIS X 4051:1995, 日本語文書の行組版方法, 1995-10-01
[11] JIS X 4052:2000, 日本語文書の組版指定交換形式
[12] JIS B 0191-1986, 日本語ワードプロセッサ用語, 1986-05-01
[13] ISO/IEC PDTR 11585, Operational Model for Document Description and Processing Languages, 1992-09-30
この標準情報(TR)原案を作成した(財)日本規格協会 情報技術標準化研究センター(INSTAC)の 電子出版技術調査研究委員会及び作業グループWG4の委員構成を, それぞれ解説表2及び解説表3に示す。
氏名 | 所属 | |
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(委員長) | 池田 克夫 | 京都大学 |
(幹事) | 小町 祐史 | 松下電送システム株式会社 |
(幹事) | 大久保 彰徳 | 株式会社リコー |
(幹事) | 長村 玄 | 株式会社ドキュメント・エンジニアリング研究所 |
(幹事) | 高沢 通 | 大日本スクリーン製造株式会社 |
(幹事) | 礪波 道夫 | 日本新聞協会(読売新聞社) |
(委員) | 内山 光一 | 株式会社東芝 |
小笠原 治 | 社団法人日本印刷技術協会 | |
前沢 克俊 | 大日本印刷株式会社 | |
八田 勲 | 通商産業省工業技術院標準部 | |
(工技院) | 稲橋 一行 | 通商産業省工業技術院標準部 |
(工技院) | 永井 裕司 | 通商産業省工業技術院標準部 |
(オブザーバ) | 有木 靖人 | 日本新聞協会 |
(事務局) | 大川 和司 | 財団法人日本規格協会 |
氏名 | 所属 | |
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(主査) | 小町 祐史 | 松下電送システム株式会社 |
(幹事) | 長村 玄 | 株式会社ドキュメント・エンジニアリング研究所 |
(委員) | 佐藤 弘一 | 日本電気オフィスシステム株式会社 |
関 志信 | キヤノン株式会社 | |
高司 誠喜 | 凸版印刷株式会社 | |
高橋 仁一 | 大日本印刷株式会社 | |
竹内 時男 | 社団法人日本印刷産業機械工業会 | |
野中 進 | 株式会社モリサワ | |
(工技院) | 永井 裕司 | 通商産業省工業技術院標準部 |
(事務局) | 大川 和司 | 財団法人日本規格協会 |